【修了式】ラストスパートは華やかに｜リアクション

【修了式】ラストスパートは華やかに

【Ｃ】今年度最後のホームルーム
一年一組
　教室に戻ってきた生徒の前で担任の島岡雪乃がホームルームを始めた。やんわりとした口調に、えっ、とかの吃音が混じる。生徒達は気軽に茶々を入れて和やかな雰囲気に包まれた。
　その話を御剣刀はぼんやりと聞いている。校長の長話の影響が残っているようだった。
　――一年最後ではあるけど、卒業生のようにさよならって訳じゃない。寂しいって感情がもう一つよくわからないなぁ。
　賛同を求めるように周囲に目をやる。クラスメイトはそれなりに真剣に話に耳を傾けていた。
　――あ～、なるほどね。島岡先生の授業って意味なら、最後になるかもしれないのか。ホワイトデーにキャンディを渡したっけ。その時、来年もよろしく的なことを言ったが、同じ担任になるかはわからないんだよな。
　刀は教壇に立つ雪乃を真剣な目で見詰めた。
「えっ、あの、私が何かおかしなことを言いましたか？」
「そんなこと、ないですよ」
「あっ、はい。そうですか。では、話を続けます」
　雪乃は刀に微笑んで忙しなく眼鏡の位置を正した。で、ですね、と吃音を交えて話を再開した。
　刀は黙って話を聞いていた。
　――ここまで気になるのは珍しい。剣道部の顧問でもあるし、恩師ってこんな感じなのかな。
　自身の感情を持て余していたが、心では最後のホームルームを真摯に受け止めていた。
「えっと、話はこれくらいにして、そろそろ通知表を渡したいと思います」
「えー、いらなーい」
「オール五なら受け取るよ」
　生徒の声に雪乃は慌てた。両手を開いて落ち着かせるように上下させる。
「そ、そんなことを言わないで、ちゃんと受け取ってくださいね。皆さんの頑張りは数字に表れていますから」
　その慌てぶりを堪能した生徒達は、はーい、と揃って返事をした。
　雪乃は丁寧な言葉を添えて通知表を渡していった。
「そ、それでは次の方、えっと、絢霧君」

「はい、なんよ」
　席に着いていた絢霧満はゆっくりと立ち上がる。眠そうな赤い目で口元に笑みを作り、教卓へと向かった。
「よく頑張りました。国語の成績が素晴らしいです。あ、あと、数学はもう少し頑張ってくださいね」
「ははぁ、数学だけは全然なんよ」
　満はその場で通知表を開いた。国語は五の最高評価であった。続く体育は四、英語三、社会三、科学三、最後は盛り返して生物四となっていた。ちらりと数学を見ると二。苦笑しながらも来年の抱負を語る。
「来年度から頑張るんよ。それはそれとして、一年間、お世話になりました！」
　満は腹から声を出し、直角の姿勢で頭を下げた。応援団仕込みの挨拶に雪乃は面食らった。
「そ、そ、そんなことは、こ、こちらこそ、学ばせていただきましたっ！」
「ありがとうなんよ。できれば来年も担任が島岡先生だったらなぁー、って真剣に思うんよ」
　満は頭を上げてにっこりと笑う。耳にした刀は、俺もだ、と口にした。
「刀とは気が合うんよ」
　振り返って親指を立てる。
「そ、その、社交辞令でも嬉しいです。ありがとう、絢霧君」
「いやだなぁ、本当に本当なんよ」
　言いながら満は席に戻っていった。
　それ以降も順々に名前が呼ばれ、一言を添えられて通知表が渡されていった。
「御剣君、通知表を取りに来てください」
　はい、と返事をして席を立つ。刀は速やかに雪乃と向き合い、通知表を受け取った。
「英語を頑張りましたね」
「ありがとうございます。島岡先生の指導のおかげです」
「えっ、その、ありがとう……」
　雪乃の控え目な笑みに刀は踵を返した。通知表を少し開く。
　――英語は上がったが、あとは可もなく不可もなくってところか。
　うん、来年はもっと頑張ろう。