おひとりグルメさんぽ｜リアクション

おひとりグルメさんぽ

■バー・ヘルシング
　興奮冷めやらぬ夜。新田亮はリングを後にした。
　ボクシングの試合からうけた熱気と興奮は、まだ亮の手を強く握らせている。
　幸運にも好きなボクサーからグローブにサインをもらえたのも、彼の興奮を更に高めていた。なんだろう、いつかのなにかのご褒美だろか。
　しかし。
「叫んだりしたからかな、だいぶ腹が減った……」
　今にもお腹が鳴りそうだ。
　家まで我慢するのも難しい。幸い財布に余裕もあるし、気分も最高に高まっている。
　チェーン店で牛丼かっくらうのもまあいいが、ここはちょっと冒険した店に入ってみたい。
「そうと決まれば探索だ。この辺りをぐるっと歩いてみよう」

　東京ってえのはすごい所で、ありとあらゆるコンセプトのお店があるものだ。
　和食洋食中華にイタリアン。モロッコインドギリシャにスペイン。国籍は勿論のこと、店の雰囲気も千差万別。それも個性的な店が軒を連ねている。
　だがそんな中でも亮の気を引いたのが。
「バー・ヘルシング……？　ヘルシー料理、って見た目じゃあないよな」
　版権が無くなってるくらいとっても古い伝奇小説の、ある種のフリー素材みたいなワードなのだが、亮にはまったくなじみのない言葉だった。
　そしてなにより、入り口が悪魔の洞窟みたいなのだ。比喩とかじゃなく。
　ごつごつしたイミテーション岩で組まれたアーチに、恐ろしい悪魔みたいなオブジェがくっついている。
　魔除けの意味か、お化け屋敷的意図なければ作らないような門だ。
　おそるおそる入ってみると、大音量で悪魔の笑い声みたいなものが響き、恐ろしい顔が暗闇のなかからビカビカと光り出すのだ。
　お化け屋敷みたいだ。
　っていうかもうお化け屋敷である。
　ここ本当に飲食店なんだよな？　と思いながら奥のドアをくぐると、ブラックライトに照らし出されたゾンビメイドみたいなコスチュームの店員が現われた。
　おどろおどろしいテンションで、いらっしゃいませをされた。
　どうしよう。と思ったが、何事も経験。亮は雰囲気に乗っかってみることにした。

　やがて亮は薄暗い小道を進み、岩でできた牢獄みたいなところに入れられた。
　鉄格子のとびらががしゃんと閉じられ、テーブルにメニューを差し出される。
「臓物を食らう、脳みそアイス、目玉パフェに飲み干す鮮血……？　すごいワードだな」
　もうこの時点でどうかしてるが、仮にも飲食店。
　お勧めっぽいものを注文してみると、赤いミートスパゲッティやトマトジュース、プリンやゼリーをつかったパフェが出てきた。
　ああなるほど……と思いつつも。
「これは、食べるのにちょっと勇気がいるぞ」
　何事も経験。
　とはいえ、一人で来るにはハードすぎただろうか？　なんて。