おひとりグルメさんぽ｜リアクション

おひとりグルメさんぽ

■お財布空っぽにしてお腹いっぱい食べちゃおう
「わあ……」
　ショーウィンドウに顔をつけ、夢いっぱいの目でガラスの向こうを見つめる美少女。
　名を本居陽毬。
　ガラスの向こうはウェディングドレスでも、宝石でも、ブランドバッグでもないのだ。
　かといって伝説のジャズマンのごとくトランペットを欲したのでもないのだ。
　美しく作られた天丼の食品サンプルである。
　この巧妙な食品サンプル技術は日本の職人が考案したちょっとした芸術で、蝋や絵の具でできていると分かっていても食欲がガンガンに刺激されてくるものである。
　それをブランドバッグやトランペット並に張り付いて眺める乙女も乙女だが、目のきらめきは夢見る乙女のそれである。
「ど、どうしよう。天丼かなあ、チキンカツかなあ、鉄火丼もいいよね、うわーオムライスもあるんだ……わあ、わあっ」
　なにをそんなにキャッキャしているのかといえば、普段お財布空っぽな陽毬が珍しくお金に余裕があるからである。
　お腹いっぱいにしたお財布を握りしめ、本土のお店で奮発しちゃおうってぇハナシである。
「うん、ここで悩んでてもしょうがないよね。入らなきゃっ」
　すっくと立ち上がり、引き戸をがらがらっと開く。
　この時点からくらっとするようなソースの香り。じゅうじゅうと何かを焼く音と、店内のテレビから流れる昼番組の音が混じってヤられそうになった。なにがって胃袋がである。
　割烹着をきたおばちゃんが奥の席どーぞと言うので、木で出来たふるめかしい椅子に腰掛ける。
　壁にはちょっぴり色あせたメニュー札が並んでいる。
　食品サンプルで充分吟味した積もりだが、ここへきてまだ迷いがあった。
「チキンカツをざくっとやるのと……鉄火丼をもふもふするのと……どうしよう、えらべない……」
　二人のイケメンから求愛された少女漫画の主人公みたいな顔で顔を背けた。相手はカツカレーと鉄火丼だけども。
　しかし決めなければならない。
　でないとお腹すいてしんじゃう。
「……うん、決めたよ」
　薄目を開いて、陽毬は手を上げた。

　でっかいチキンカツとほかほかの鉄火丼がテーブルに並んでいた。
　まさかの両取りであった。
「チキンカツをおかずに鉄火丼を食べれば問題解決だよね！」
　ぱちんと手をうち、いただきますしてからお箸をとった。
　さあ、食べようじゃあないか。
　等間隔に包丁の入ったチキンカツは、まだ衣がじんわりと熱を持っている。
　箸でつまみ上げて、豪快にざくりと囓ってみれば少し熱すぎるくらいの肉と肉汁が迎え撃ってきた。
　だがそれがいいのだ。
　ほくほくとやりながらどんぶりを取る。鉄火丼の、だし醤油につけられたであろうマグロの刺身を一口。混じり合ううまみと熱。そして即座にかっこむご飯。
　ああ、お米ってなんでこう幸せになれるんだろう。
　陽毬はしばらく満面の笑みでご飯を平らげ、ついでに白ご飯をおかわりして堪能した。

「ふあー、ごちそうさまでした」
　手を合わせて、虚空を見上げる。
　満足感と満腹感。
　いや、まだ満腹じゃあない。甘い物は別腹という言葉もあって、陽毬のお腹はデザートを欲していた。
　そういえば近くにカフェがあった。食品サンプルで見たあの巨大なやつを上から順に攻略していったらどれだけ幸せだろうか。
　ああ、お財布が空っぽになっていく。

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あとがき

担当マスター：青空綿飴
ファンレターはマスターページから！

ごちそうさまでした。
一人でお店を探そうとすると、やっぱり自分に合った場所を探したくなるもの。
そしていざ良い場所を見つけると、そこが自分の鏡映しになっていたりするものですよね。
今回はそんな、『食べ物屋さん』から見た皆さんの一側面を描けたのかな、と思っております。
とてもおいしゅうございました。
またのお越しを心よりお待ちしております。

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