おひとりグルメさんぽ｜リアクション

おひとりグルメさんぽ

■ちょっとそこのギリシャまで
　楽器の町、御茶ノ水。
　ポップなギターからクラシックな吹奏楽器まで、ありとあらゆる楽器店と専門家が集う土地を、マリベル・ロイスはうきうき気分で歩いていた。
　こうした文化の凝縮からおきるテーマパーク感は、やはり都内ならではだ。
　呼吸をするだけで音楽が身体を通り抜けていくような気分にさえなる。
　裏道に入れば店や街角で流れる音楽もどこか個性的で、思わず歩く足運びですらリズムをとってしまうものだ。
　そんなことを続けていると、やっぱりお腹がすくものだ。
「ぬーん……楽しいけど、歩きすぎたなぁ」
　お腹がぺこんとしてきたし、なんだか膝も痛くなってきた。
　どこかに座って生クリームをすすりたい。もしくはお肉を食べたい。
　そんな気分になってくる。
「よしっ、近場で探索や！」

　原宿ほどとは言わないが、御茶ノ水もなかなかにオシャレでポップな町である。
　ありとあらゆる飲食店が連なり、若い人らが始めた無名どころの小さな店も含めれば大体のものはあると言っていいが……。
　そんなごちゃまぜ空間の中でふと見つけたのが。
「ギリシャ？　料理？」
　不思議な佇まいの店さきに、そんな文字を見つけた。
　マリベルの想像するギリシャ像ってーのは、ゼウス神とぱぷぺぽん神殿である（よく覚えてない）。
　インドや中国やイタリアと言われれば大体想像がつくが、ギリシャの料理と言われてもピンとこないのが正直なところだった。
　というわけで。
「おもしろそうや、入ってみよ！」

　店内はどこか青白い、透き通ったような雰囲気だった。
　要するにサントリーニの白い石の町並みを意識してのことだが、なんやキレーなお店やなあというのがマリベルの第一印象である。壁にかかったサントリーニの風景写真や店内音楽とマッチして、海辺の気分がちょっぴりと漂ってくる。
　メニューもなんだか独特で、サガナキとかポークギロとかスプラキとか、一回聞いただけではなにが出てくるのかさっぱり分からない料理名が並んでいた。
　かろうじてチーズケーキは分かったが、どうやら写真を見る限りではマリベルの想像するチーズケーキとは種類の異なるもののようだ。なんかホールチーズをまるごと焼いたみたいな見た目をしている。
　郷に入っては郷に従えともいう。
「まずは定番料理からや」
　と言うわけで注文したのがこちら、タラモサラダでございます。
　といっても『たらもってなあに？　タラコのこと？』と思ってしまうでしょうからご説明しましょう。
　そうですたらこです。偶然の一致です。
　いわゆる粉ふきいもとたらこをめっちゃ混ぜてオリーブオイルをどうにかしたやつでございます。そこに野菜を加えたものがタラモサラダなのですね。
「なんやこのぷちぷち、めっちゃ美味しい！」
　聞いたことも無い料理なのにやたら食べやすいということもあって、もう一品定番料理をいってみよう、ということになった。
　そこで注文したのがムサカである。
　初見のかたのためにご説明しましょうね。
　茄子とジャガイモ、そして挽肉のトマトソース炒めを三層構造にしてチーズやホワイトソースで蓋をして焼いたものですね。ラザニアやドリアといった食べ物が近いようで、マリベルは普通に『ラザニアみたいやー！』とイタリアン気分に浸っておりました。
「えーもん食べたわあ。大人になったらこんなお店に来て……」
　想像の中で二十歳をこえたマリベルが、架空のイケメンと共にワインで乾杯する姿が浮かぶ。
「あこがれるわあ、なんて！」
　ひとときかぎりのギリシャ気分を満喫して、マリベルはお店を後にしたのでした。

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