おひとりグルメさんぽ｜リアクション

おひとりグルメさんぽ

■乙女、聖地巡礼につき
　羽生碧南は乙女である。
　お初の方のためにちゃんと解説しておくと、乙女ゲームという乙女を対象にした恋愛ゲームのヘビーユーザーであり、いくつもの乙女ゲームに手を出してはどっぷりとつかる天性の才能を持った乙女なのだ。
　はいこの時点で乙女ってワード何回出たでしょう。
　サブタイトル含めて六回だね。このくらい乙女なので是非覚えて帰ってください。
　そんな乙女オブ乙女こと碧南さんが現在ハマっている沼は、東京都内を巡って男たちとの恋に落ちていくというゲームである。
　実際の観光名所や隠れた名店を舞台にしていて、非常に（あってもいいよねという意味で）リアルな世界観が魅力なのだ。
　そんなゲームをフルコンプクリアしたらやるべきことがあります。
　そう、聖地巡礼だね！
　説明しよう。聖地巡礼とはゲームやアニメなどの舞台となった土地を実際に訪れることで現実的な一体感を得るきわめて高尚な鑑賞方法である。
　特に碧南は良いタイプの乙女ゲーオタクなので、現地に行ってぼーっと立ってるだけでも充分気分を味わえたりする。
「はすみくん……」
　時折虚空を眺めてはうっとり誰かの名前を呟くのは仕様なのでそっとしてあげてほしい。そしてできることなら彼女の視点から世界を見てもよかろう。
　折角だから、やってみようか。

　さあ、ここがゲームの舞台……いやゲームの世界である。右上や左端に表示されたウィンドウや下部のメッセージウィンドウも充分肉眼で見えているはずだね。
　そして当然ながら、フルボイスで語るキャラの姿も見えているはずだ。
　先進的な、それでいて落ち着いた雰囲気の住宅街。
　彼と手を繋ぐか繋ぐまいかで迷いながら歩くのだ。
　碧南の身長は１８０センチはあるので手を繋ぐにも歩幅を合わせるのにも苦労するかもだけど、今は１５０センチくらいだと思って欲しい。目線も脳内で下げてほしい。
　さてそろそろドキドキのキスシーンですよと時計塔の前へやってきたところ――で、お腹がくきゅうとなった。

「もう！　せっかくいいところだったのに！」
　良いタイプのオタクであるところの碧南といえど、最高潮のシーンを邪魔されては憤慨するのだ。それも自分のお腹が相手となれば。
　お腹がすいていては妄想の世界にも旅立てない。なにかでお腹を満たしてリトライだ……と思ったところでふと、例の彼が耳元で囁いた。
　僕の店においで。（口調や声優をお好みのものに変えてお楽しみください）
「いきまひゅ！」
　噛んだ。が、かまっていられぬ。碧南は持ち前のフットワークを活かしてゲームの舞台となった洋食店へ直行した。

　店の雰囲気。
　様相。
　漂ってくる香りや光のゆらめきまでゲームのままだった。
　変なこと言ってるかも知れないが、碧南がゲームをプレイしていた時はデミグラスソースのほんわかとした香りがたしかにしたのだ。今もしているのだ。
「確かあの時はオムライスを……」
　ぶつぶつとシミュレートしてから、店員にオムライスを注文。
　そしてやってくる料理に、スプーンを差し込むのだ。
　ああ、いまいちど見えてくる。
　メッセージウィンドウが、キャラクターの姿が、そして耳元で囁くあの声が。
「ああ、しあわせ……」
　今日も、碧南は幸せいっぱいである。

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