●ループ：０５・寝子島高校の入学式……ののこ対応班（１）●

【部室棟上空：空中の足場】

　対ハッチ班、北校舎の講堂への落下を阻止──講堂内の全生徒の救命に成功。


「やったぜ！　マジ危ねートコだったけど、
　入学式に参加してる皆も、これで全員助かったんだなっ！」
　楢木 春彦が足場の上で安堵のため息をもらした。ランディングの爪痕をグラウンドに残し、ネット際でようやく止まっている北校舎の方を見下ろして、獅子目 悠月とスハイル・アルムーリフもほっと胸を撫で下ろす。
「楢木たちが救出した２、３年生も含めて、これで全生徒が死なずに済んだ」
「三羽烏とか言うあの鳥たちも無力化されました。
　クローネとやらが予告した企みは、全て挫かれたという訳ですね」
「──だが、まだこれで終わりじゃない」
　鴻上 彰尋がそう言って頭上を振り仰ぎ、太陽を遮ってゴウンゴウンとそこに滞空している、南校舎の方をじっと見つめる。
「あの校舎にクローネが残っているし、講堂上空のカラス達も、
　また元の場所に戻ってきた。クローネはまだ、何かやる気だ」


　ここは楢木がろっこん【Stairs of air】で設置した、空気の足場の階段の上。位置的には、講堂の北にある部室棟の、ちょうど真上に当たる。
　その足場の上に今、ののこ対応班の内の５人のメンバーが集まっていた。先に述べた楢木、獅子目、スハイル、鴻上らの男性陣が４名。そして潜入したカラスの群れからの情報収集を終え、いったん変身解除してこちらに合流した、御巫 時子だ。
　その時子に向かって、鴻上が改めて礼を述べる。
「御巫さん、ありがとう。おかげで俺も、自分の推測に確証が持てたよ」
「お役に立てたなら、何よりです……」
　カラスから元の姿に戻った時子がはにかんで、
「黒い羽根を咥えたあのカラスさん達は、
　空から降ってくる女の子に羽根を刺す計画なのだと、言っていました。
　彰尋さんの言う通り、カラスさんが待っているのは、ののこさんのようですね」
　横で聞いていたスハイルが、楢木などに教わった知識を思い出して、
「ふむ、ののこさん……とは、この世界の神様でしたっけ。
　講堂と言いましたか、あの建物に向かって、これからその神様が落ちてくる。
　そしてクローネとカラス達は、その ののこさんの能力を暴走させようとしている、と。
　校舎落下の企みが失敗しても、敵がまだ退却しない理由はそれですか」
　ちなみにスハイルは、北校舎の着地を上空で目撃した後、由貴奈の操る机で運んでもらって、こちらの足場に合流している。他の対ニヒル班、対ヒルズ班のメンバーは、全員無事に地上に帰還済みだ。
「でも、ののこさんを暴走させてどのような効果があるんでしょうか？
　神魂をさらにばら撒く、とか……？」
　そう言って時子が、おっとり首を傾げる。
「同じらっかみのテオさんは空間を切り分ける能力ですが、
　ののこさんの本当の能力って何なんでしょうか？
　伝説では、神様の願いを叶えたら世界が救われたとありました。
　暴走しても悪いことは起こらないような気もしますが……」
　クローネが暴走を目論んでいる、ののこの能力とは何か。あまりに手持ちの情報が無さすぎて、それは時子以外の者にも見当が付かなかった。ただ先に鴻上も述べていたように、ばら撒く前の全ての神魂を合わせた、何らかの強力な能力であろうということは、誰しも想像が付いた。おそらくは、テオよりもずっと格上の。


　顎に指を当てながら、さらに時子が疑問を口にする。
「羽根を持ったあのカラスさん達が、
　どのタイミングを狙ってるのかも気になりますね。
　ののこさんがまだ、神様の時？　それとも人間になった時？
　それに ののこさんは落下中、意識はあるのでしょうか。
　もし意識がなければ、羽根を刺しても暴走しないはず……。
　でもきっと、ありそうですね。楽しそうに落っこちて来たみたいですし」
　うん、と鴻上が頷いて、時子の疑問の一部に答える。
「野々さんが、自分の神魂を全てばら撒いて、
　神様から人間になったのはおそらく、
　あの講堂の時計塔にぶつかった時のことだろうね。
　つまりその時点で、野々さんが持っていた能力は全部失われてしまうってことだ。
　クローネとカラス達が、野々さんの暴走を狙っているのであれば、
　羽根を使うのはその衝突の前。落下中のタイミングだろう」
　楢木と獅子目の２人も、その横で頷く。彼らは、時子やスハイルが合流する前に、すでに鴻上と打ち合わせを進めていたから、理解も早かった。楢木が「おっしゃ！」と指を３本立てて、これから自分たちがやるべき事をシンプルにまとめる。
「野々の暴走を防ぐために、俺達がこの空で出来ることは３つある。
　１つは、カラス達を倒して数を減らすこと。
　１つは、落下中の野々を羽根から守ること。
　あと１つは、あのカラス達の羽根を先に全部使わせてしまうことだ。だよな、鴻上？」
「羽根を……あえて使わせる、のですか？」
　きょとん、と首を傾げるスハイルと時子の２人に向かって楢木が、鴻上発案の作戦を要領よく説明した。その内容に「成る程」とスハイルが納得し、時子も「分かりました、そういうことでしたら」と、その作戦を邪魔しないように動くことを約束する。


「そろそろ……かな」
　メンバーへの作戦の周知も済み、鴻上が腕時計を確認する。時計の針は１１時に差し掛かろうとしていた。講堂では式次第のうち、祝電の披露と生徒会長の祝辞まで済み、
「スケジュール通りに式が進行していれば、
　もう新入生の誓いが始まっている頃だ」
　彼らが知っている歴史上では、この新入生の誓いの後半でののこが登壇し、皆の前で自分の願いを宣言する。つまり、ののこが落ちてくる時刻はもう間もなくの筈だ。
（カラス達にも何か動きが？）
　そう予想して鴻上が南の空を見ると、カラスの群れが何故か自分達の頭上ではなく、逆に講堂の方を見下ろして、何やらカーカーと騒いでいた。
「ん？　歌が聞こえてくるぞ」
　獅子目が耳ざとくその歌声を聞き付け、時子がまぁ、と講堂の方を指差す。
「時計塔の鐘楼で、歌っている人が見えますね。
　もしかしてあれは……瑠奈さんでは？」
　時子の言う通り、その人影は夢宮 瑠奈だった。アイドル活動もしている瑠奈が、その歌声で、カラス達の興味と注目を引いているのだ。
「ギャア！？」
　それとほぼ同時に、空気を切り裂く２つの飛来音がしたかと思うと、１羽のカラスがいきなりキリキリ舞いで群れから墜落した。見れば、鐘楼の柱の影に、他にも人影が見える。八神 修、椿 美咲紀、常闇 月の３人だ。八神たちが何らかの飛び道具で、カラスを撃墜したのだ。
「始まったな……！」
　同じののこ対応班のうち、鐘楼を橋頭堡とした者たちが動き出した。
　鴻上の袖をグイと引き、一方で楢木が頭上を指差して叫ぶ。
「来たぞ！　クローネだ！」
　浮遊する南校舎から飛び立ち、太陽を背に舞い降りてくる、もう１羽のカラスのシルエット。あれは間違いなくクローネだ。ののこ落下の時間が間近に迫り、一気に状況が動き出した。
「私も行きます！　カラスさんの群れに紛れ込んで、
　内部から妨害できるかどうか、やってみます……！」
　時子も慌ただしく、再びろっこんでカラスへと変身し、足場からばさりと飛び立つ。その時子を見送りながら、後ろからスハイルが声を掛け、
「時子さん、味方に撃たれないようくれぐれも気を付けて下さいね！」
『カーア！（はい、ご忠告有難うございます……！）』
「よし、俺達も行こう」
　そう言って、鴻上が楢木、獅子目、スハイルの３人を振り向く。
「悠月君とスハイルさんは、ここで待機を。
　打ち合わせ通りに宜しく頼みます。
　楢木は俺と一緒に、講堂の上空へ。
　足場を延長して、あのカラス達よりもっと上に行きたい」
「分かった、任しとけ。野々は俺達で必ず護る、
　クローネの好きになんかさせてたまるかよ！」