ねこ温泉郷の三日間｜リアクション

ねこ温泉郷の三日間

「っぷはぁっ！」
　寝袋の上に降り積もった桜の花びらをまき散らして、真央は跳ね起きた。腹や胸に乗っかったり、寝袋の中に潜り込んでいた猫たちも欠伸しつつ起き出し、にゃあにゃあと朝の挨拶をしながら石段の先の宿へと帰って行く。
　気まぐれに一緒に寝て気まぐれに去って行く猫たちを見送り、真央は枕元に包んで置いていた昨日のお弁当を開けた。残り物のおむすびを齧りつつ、寝袋を畳んで向かうは宿舎の露天風呂。
　楽しい女子会も今日が最後。昼前には皆それぞれに帰路に着く。となれば、今やるべきことはただひとつ。
(朝風呂なのだ！)
　早朝の水色した冷たい空気の中、髪や体に纏わりついた桜の花びらをまき散らしながら宿舎に戻る。食堂に寄り道してお弁当箱を手早く片付け、片付ける途中で冷蔵庫に見つけた小瓶入りの『ねこ温泉サイダー』を数本、悪戯っぽい笑みを滲ませ手に取る。
　野営道具一式は露天風呂入口の廊下の端に一旦置かせてもらい、跳ねる足取りで身支度をして女湯の戸を開けば、
「おんせーん！　おっはよー！」
「おはようございます」
「おはよう。早いのね」
　広い温泉の中ほどで仲良く並んで浸かっていたメリィとリリエルとクレオが元気よく手を振ってくれた。脱衣所から持って来た大き目の桶を巨大岩風呂の縁に置き、真央は顔中で笑う。
「おはようなのだー！」
　春の夜に冷えた体をざっと洗い、熱い湯にざぶりと浸かる。
「あー……」
「はわー……」
　たまらず声を零す真央の真似をして、メリィが明るい黄色の瞳を太陽のように輝かせた。顎まで湯に沈み、隣のリリエルを見遣る。
「ほかほかできもちいー。心の洗濯だねー」
「そうですね、メリィちゃん」
「ウワサの『おんせん』、すごーい」
　肩を並べて温泉を堪能する少女ふたりを眺め、広い温泉をぐるりと囲む紅椿を眺め、真央は猫のように目を細めた。
「桜を見ながら寝たの？　寒くなかった？」
　真央の髪についた桜の花びらをそっと取り、クレオが楽し気に微笑む。
「お猫さまが添い寝してくれたから寒くなんてなかったのだ」
　真央は首を横に振る。寝袋と猫たちに包まれ、薄明りのような桜越しに見た春の星空はとても静かで綺麗だった。
「遅くまで起きていても怒られないのはいいわよね」
　夜桜見物で夜更かしをしたクレオは、ちょっぴり眠たい瞼を擦り、欠伸をしながら伸びをする。起き抜けに浸かる温泉も、うっかり寝不足な感覚も、普段はなかなか経験できないことばかり。
「大人になった気分だわ！」
　くすぐったそうに笑うクレオの前、真央は湯船の縁に置いていた桶を浮かべてみせた。桶の中には『ねこ温泉サイダー』の小瓶が数本。
「大人気分のお供にどうぞなのだ！」
　メリィちゃんリリエルちゃんも、と真央に呼ばれ、星幽塔から来た少女たちは興味津々、珍しそうにサイダーの瓶を手に取る。揃って蓋を開け、くすくすと笑い合いながら瓶の縁を合わせて乾杯する。
「むあー！　しゅわしゅわーってするー！」
　一口飲んだメリィが悲鳴に近い歓声をあげた。隣ではリリエルが口元を押さえて目を白黒させている。
「でもおいしー！　こんな不思議な飲み物あるんだねー」
「やや、これは美味しいですね」
　あったかい温泉に浸かりながら冷たいサイダーをお供に、少女たちは女子会を最後の最後まで楽しんだ。

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