年の差を埋めることができたら何かが変わると思ってた。｜リアクション

年の差を埋めることができたら何かが変わると思ってた。

　春彦は焦っていた。

（先輩！　俺、今マジピンチっす！　本気で、もうヤバいっす！！）

　その焦りが、赤ん坊は泣くことでしか表現できない。

「うぎゃー！　おんぎゃーおんぎゃー！！」
（俺、トイレ行きてぇっす！）

「そんなにお腹すいとーと？」

「おんぎゃーおんぎゃー！！　おんぎゃーおんぎゃーぶー！」
（飯じゃねぇんっす！　ホンキでヤバイんすよ！　離してくれっすー！！）

「うーん、とりあえずコンビニでパンでも買います？」

「バブ！　バブバブ！！」
（違う！漏らすのはマジ勘弁なんで！！！）

　どれほど訴えかけても、七瀬は首をかしげるばかりで微塵も思いは伝わらない。

（誰かナンでもするからマジ助けてくれ。今だけ今だけでも通じてくれ……）

　神にも仏にも祈った。縋った。訴えた。けれど誰からも何の反応もありはしない。そしてダムは崩壊する。

「………あ」

※※※綺麗な背景を見てお楽しみください※※※

「お腹がすいとーわけじゃなかったんですねぇ」

（……今すぐ死にてぇ……）

　春彦はすべてを出し切った後、全身から力を抜いて項垂れる。
　唯一の救いは、七瀬を濡らさずに済んだことだった。もし自分の小便を先輩に引っ掛けていたらと想像するだけで、春彦は三回は紐無しバンジーに挑戦することになっていただろう。
　けれどまだ何一つ問題は解決していない。そのことに、赤ん坊の頭は気が付かなかった。

「ふむ、いつ元に戻るかわからんですが、とりあえず春彦にはオムツが必要ですね」

　まだ地獄には片足を突っ込んだだけだった。

「バブ、バブバブバブ！？」
（ひっ！？　ちょソレまさか）

「不安に思う気持ちもわかりますが、安心してください。僕、育児本も読んだことありますから！」

「バブバブババブゥウウウウ！！！！」
（ぎゃー！　いーやーだぁー！　やーめーてー！！）

　死に物狂いの抵抗して、ろっこんも使おうとしたけれど、赤ん坊は無力だ。
　大の男に抱え込まれれば、どうすることもできない。　
　七瀬のマイペースな笑顔は、真綿だ。真綿が全力で春彦を締め付けた。
　近くのドラッグストアでオムツを買い、その近くのトイレに連れ去られ、そして――

「ふぅ……どうにかできました」

　七瀬はベビーベッドに横たわる春彦を見て、何か達成感のようなものを感じているらしかった。

（この年でオムツ……）

　春彦は微動だにせず、死んだ魚のような目を明後日の方向へ向けている。

（ははは……コロセ……）

「さ、今度こそ食べ物ですね。赤ちゃんを餓死させるわけにはいきませんし」

　マイペースではあるが、七瀬は赤ん坊を放り出して逃げるような人間ではなかった。
　若干空気が読めないところはあるが、それでも悪人か善人かであれば間違いなく後者だ。
　だからこそ春彦は彼を恨むことはできないし、自身を呪うことしかできない。

（これ元に戻っても倉前先輩の前には当分出らんねぇ……）

　きっと七瀬は「この間は大変でしたね」なんて、近所の猫が子どもを産んだとでも言うような調子の世間話をするのだろう。
　そう考えるだけで、春彦の意識は遠ざかっていった。