年の差を埋めることができたら何かが変わると思ってた。｜リアクション

年の差を埋めることができたら何かが変わると思ってた。

　佐藤瀬莉は鏡に映る女性をまじまじと見つめていた。
　鏡に映るお気に入りのレースたっぷりのブラウスは、肩も腕もパンパンで、ボタンは今にもはじけ飛びそう。
　スカートはコルセットタイプでなくて本当によかった。もしコルセットタイプなら、圧迫死していたかもしれない。
　懐中時計もそうだ。万が一、首に掛けたままにしていたら、首が絞まっていたかもしれない。

「……この人、誰？」

　声に出してみると、鏡の中の女性も同じように首を傾げて口を動かす。試しに反対側に首を傾けてみると、やはり同じように女性も首を動かした。
　ちんちくりんのスカートの裾から伸びた足は、ドキドキするほど柔らかそうで長い。足を包み隠していたタイツは当然のようにビリビリに破れていて、そこからちらりと覗く素肌は、見てはいけないような気がしてならなかった。

「目の前にいるのは、やっぱり一応、あたし……だよね？」

　鏡の中彼女が頷いて、同意をしてくれる――なんてことはなかった。
　その代わりに二十代半ば頃の美人の彼女は、戸惑ったような表情を浮かべて瀬莉をまっすぐ見つめていた。

（うん、たぶんこれあたしだ）

　目の前の現実を受け止めた瀬莉は冷静に、事態に対処する。

（とりあえず服をどうにかしないと……ていうか、家を出ないと！）

　もしこの姿を家族に見られでもしたら、なんと説明したらいいのだろう。
　精神年齢は１１歳のままの彼女にそんなことできるはずもなかった。
　瀬莉は廊下に人影がないことを丹念に確認してから自室を飛び出し、母親のクローゼットを目指した。
　フラワーコーディネーターを生業とする母親の服の趣味は、決して悪くない。
　こんな状況であればじっくりと吟味したいところだったが、生憎気分は不法侵入の泥棒だ。
　瀬莉は目に付いたブラウスとスカートに着替えると、慌てて家を飛び出した。当然靴も母親から拝借した。
　慌てていたにも関わらずちゃっかり財布を持ってきた辺り、まだまだ瀬莉は冷静だった。
　元に戻れなかったらどうしよう、などと悩むこともなく、持ち前の楽観主義を引っさげ、気になる洋服店に足を伸ばした。
　１１歳の瀬莉からすれば２１歳の服選びと２７歳の服選びの違いなんてよくわからない。
　けれど元々クラシカルな雰囲気を好む彼女は自然と２５歳くらいにちょうどいい落ち着きのあるコンサバ系ファッションのお店を選んだのだった。

「あたしに合いそうな服、全身選んでもらっていいですか？」
「はい、かしこまりました」

　フルコーディネートをすべてお任せで頼む客というのは、そう多いものではない。星ヶ丘であれば尚更だ。
　そんな中瀬莉の注文を受けた店員は張り切って店中から服を集めてきた。勿論都度瀬莉に好みを尋ねるのも忘れずに。
　そうして決まった服は黒いレースガウンワンピースに白いパンプスと白いカバン。綺麗なモノトーンコーデだ。
　お化粧をしたことがないと告げると、姉妹店のサロンまで案内してくれた。
　派手すぎないベージュのリップも小学生の彼女にとっては十分過ぎる魔法になる。
　その分財布の負担も大きかったが、それなりに格好がついたというものだ。

（……なんかたのしくなってきた！）

　そうして瀬莉は星ヶ丘の街の散策を始める。街中の異性の視線を集めながら。