異世界からの迷い人｜リアクション

異世界からの迷い人

「おや、ここは？」
　ロウシュカ・ヤナーチェクは古めかしい家々に囲まれていた。
　――場所が変わったようだね。それだけではないか。
　白い長袖シャツに茶色のベストを着用。無地の黒いズボンを穿いていた。本人に動じた様子はなく、自然に頭に手をやる。
　――左耳がない、わけではないのか。
　人と同じで耳は横に付いていた。ロウシュカは反対側の髪を掻き分ける。何もないことを手が伝えてきた。
　――そう、上手くはいかないか。
　右肩には麻のナップサックが引っ掛けられていた。軽く上下に揺さぶる。
「軽いね」
　中を確認すると細長い財布が入っていた。取り出して表面を撫でる。動物の革で出来ているようだった。
「仕留めた獲物が、変化したのかな？」
　財布を開くと数枚の紙幣が収まっていた。大小の硬貨も目に付いた。
　――この金属は星幽塔の銀貨に似ている。金なのか？　このぺらぺらした物も、その類いと考えればいいのかな。
「貰っておくか」
　財布を元に戻して散策を開始した。
　民家の雨どいにスズメが横並びとなって囀っている。ハンターの気質なのか。瞬時に眼が捉え、数瞬で優しくなる。
　――平和そうな場所だね。なんだか良い匂いもするし。
　薄暗がりを構わずに突き進むと賑やかな通りに出た。飲食店が軒を連ねる参道商店街を軽快に見て回る。
　肉を焼く匂いに鼻が反応した。足早に店舗へと向かう。
「ほう、これは」
　近づくだけで熱を感じる。黒い鉄板の上には鶏の腿肉が骨付きの状態で焼かれていた。タレと香辛料が絡み合い、独特な香気を放っている。
「ワイルドな姉さん、一本、どうだい？」
　店主がトングで肉を引っくり返す。弾けるような音と共に香しい匂いを運んできた。
「これで大丈夫かね？」
　ロウシュカはその場で財布を開いて見せた。
「姉さん、外国の人だね。ああ、大丈夫だ。その千円札、青いのが一枚で買えるよ」
「これだね」
　千円札を一枚、店主に渡して百円のお釣りを受け取る。鶏の腿肉は持ち易いように銀紙が巻かれた。
「外で食べにくかったら店舗の中で……必要ないか」
　ロウシュカは腿肉のふっくらした部分に噛み付き、豪快に肉を引き千切った。油に塗れた口の端を手の甲で拭う。
「肉の旨味を引き出す香辛料がいいね。焼き加減も悪くないよ」
「姉さん、本当にワイルドなんだな」
　親指を立てた店主に見送られ、別の店舗を見て歩く。
「あんた、美味そうな肉を食ってんじゃねぇか」
　グレッグ・グロッグが舌なめずりした。隣にいた志波高久が朗らかな表情で軽く手を挙げる。
　ロウシュカは匂いを嗅ぐように鼻を動かした。
「黒いコートの君も、ここに飛ばされたのかね？」
「ああ、そういうあんたもか」
　にやりと笑って肉に目を移した。意図を察して来た道に顔を向ける。
「少しいった先の店だよ。肉質は柔らかくて口に旨味が溢れる感じだね」
「いいねぇ。聞くだけで俺の腹の野郎が騒ぎ出しそうだ。タカヒサのお礼は決まったな」
「確かに美味しそうだが、俺はまだ腹の状態が厳しくて」
「タカヒサ、行くぞ」
　コートの裾を翻してグレッグは走り出す。高久はロウシュカに、また、どこかで、と声を掛けて追い駆ける。
「賑やかな連中だね」
　満更でもないという顔でロウシュカは別の方向へと歩き始めた。