かくて世界は浮遊する｜リアクション

かくて世界は浮遊する

９.Ａｍｂｕｓｈ！（九夜山・砂掛谷方面森林地帯、寝子島上空１３００メートル～）

　刀たちの報告に素早く反応したのは、煉だった。彼は狙いを烏に絞りその情報を待ちながら、がむしゃらな移動を繰り返していたのだ。彼の手足や頬には小さな擦り傷や打ち身が見受けられた。それは、最短距離の為に多少の怪我は辞さないという彼の覚悟の表れだった。
　岩を蹴り、直線で移動。木の枝などは目などに入らないように手で庇う。障害物に対しては腕や脚で無理やりの方向転換。スピードを極力殺さないようにしている為に捻挫の可能性すらあったが煉はソレすら恐れない。
　「どこだ、どこにいる？」
　前方、左右、上下と見渡しながらも彼は止まらない。
　そうして砂掛谷近辺の森が開けてくるあたり。彼は正面にあった木を思いっきり殴りつけることで、急停止する。
　「そこにいるんだろう？　出てこいよ」
　手の甲の皮がベロンとめくれたことも気に留めず、煉は身構える。
　「惜しい。カモフラージュは完璧だったはずなんだがな」
　石製のナイフを手に持った龍八が隠れていた樹を軸にして回り、煉に向き直る。
　「待ち伏せしている草薙の姿を偶然撮影したヤツがいたからな」
　煉は下心が撮影した写真のことを博美から聞いていたのだ。
　九夜山の問題を解決するのであれば普通ならば原因となる存在や理由を探す、つまり移動をする。けれど龍八は明らかに待ち伏せをしていた。それは、この状況においては妨害する確率が高いことを示す。
　「気付かないほうが痛い目に遭わなくて済んだかもしれないが」
　彼は片手にキョウチクトウの枝を、もう片手にナイフを構える。本来ならば毒を抽出してナイフに塗布するつもりだったが、無重力化では液体にせよ粉末にせよ、調合が難しかった為に断念したのだ。
　「烏の味方をするならば、打ちのめすだけだ」
　煉は木刀を左手のみで短く構える。重力下とは勝手が違う以上、素早く方向転換するには手が開いていたほうがいいと判断したからだ。
　「ふん……」
　龍八は鼻で笑うと、樹木を蹴りつけ右側面から煉に近づこうとする。煉は日常的に左目を閉じている為に、相手からみて右側……煉にとっての左側は死角になるのだ。
　「見え見えだな」
　煉は死角を補う為に、龍八と同じ方向へ平行に動く。枝が折れる音、草や葉がすれる音。木や岩を鋭く蹴りつける音。互いに距離の取り合いを続ける。
　無重力下の戦闘に慣れていないことと、身体制御が難しい為に互いに攻めあぐねる。
　動きにフェイントをかけようにも慣性で体そのものは流れるのだ。距離を詰めるにせよ、直線になる。
　「ワイヤーなどがあればよかったか」
　舌打ちをする龍八。それは煉も同じくである。煉が右に飛んだのを見て龍八はその方向へ牽制するようにナイフを投げる。
　「っ！」
　やむを得ず、木刀でそのナイフを弾く。弾くことで煉の右への動きはやや鈍る。
　「穿てっ」
　そんな煉の動きを確認する前に龍八は開いた右手を自分の後ろやや下方に向ける。ろっこん『破空法』を発動させようとする。

　ぷすん。

　と、普段に比べて微弱な圧縮空気が彼の手から放たれる。それでも推力にはなり得たらしく彼の体は前方へと飛翔する。
　さらにもう一度、後方へ『破空法』を発動させる。

　ぽふっ。

　さらに微弱な空気が発射され、立体的なジクザクの機動で煉へ肉薄しようとする。
　キョウチクトウの枝を両手で構え突き刺すように狙う龍八。それに対して、近くの朽ちた看板を蹴り付けて煉は木刀で龍八を打ち据えようと狙う。

　「死ね！」
　「うおおおおおっ！」
　２人が交錯しようとする寸前……！