【卒業式】春爛漫。寝子島高校の卒業風景｜リアクション

【卒業式】春爛漫。寝子島高校の卒業風景

【君たちへ】

　卒業式の真っ最中。３年７組の教室に、ひとりの少年の姿がありました。
　少年、とはいうものの、実のところ彼の年齢はハタチであり、世間一般の慣習に倣ってあえて言うなら、立派な成年です。オトナです。
　彼はなぜかすっぽりと着込んでいた寝袋を暑そうに脱ぎ去ると、教室の窓を開け、敷地内の見事な桜並木をどこか遠い瞳で眺めながら、誰ともなくつぶやきました。
「ああ。今回も、僕はダメだったよ……」
　なかなかに極まったひきこもりであるところの、エスカルゴ・臼居はまたしても出席日数が足りず、卒業することができなかったのでした。

　うららかな春のひと時。窓の向こう、講堂のほうからは優雅なクラシックの音色など聞こえてきて、時折、証書授与にともなうパフォーマンスか何かでしょうか？　怒号めいた叫びなども聞こえてきたりします。
　時間的にはそろそろ７組の担任、きっぷの良い笠原七穂先生が、生徒たちの名前を読み上げていく頃です。
　けれど彼女が、『臼居尚治』の名前を読み上げることはありません。
　それならばなぜ、彼はこうして教室にいるのでしょうか？　寝袋をひっかぶり、ろっこんを使ってまで朝方のこんな時間に、学校までやってきたのでしょうか？
　いつも星ヶ丘寮の自室に引きこもっている彼が、なぜ？
（……まぁ、ね。せめて、お祝いくらいはしたいからね）
　おもむろに彼は黒板へ向かい、白のチョークを取り上げると、かつかつかつん。かりかりきゅきゅっ。大きく、文字を書き入れていきます。
　文字を書いたら、今度は黄色と赤のチョークで装飾など施して、せめてゴージャスに黒板を彩ります。

　卒業おめでとうーーー！！

　１年間、一緒のクラスでありがとう！　まぁ、あんまり入れなかったけどねー

　辛いこと、大変なこと、これからいろんなことがあると思うけど、

　良いこと、楽しいことだって、おんなじくらいあると思うよ

　どんな時も、寝子高スピリットがあれば乗り切れる！　はず！

　もっかい、卒業おめでとーーーーーー！！

（……っと、こんなもんかな）
　チョークを黒板の粉受けにからんと置いて、彼は３歩後ろへ下がり、眺めます。なかなか良い出来だ、うむっと自画自賛。
（まぁちょっと、クサかったかな？）
　などと思わなくもないものの、卒業するクラスメートたちにとって、今日は一生に一度の日です。多少クサいくらいでちょうどいいのかもしれません。

　外から唐突に、爆音のようなものが響いて、
「うわっ？」
　彼はびくりとして飛び跳ねます。
（ああ、講堂からか）
　巨大な音はマイクを通じて増幅された声で、どうやら応援団が卒業生へ、エールを送っているようです。
（すごいな……）
　自分もあんな風に、面と向かって言葉を伝えることができたなら……と。彼とて、思わないこともありません。
　人間が怖くて怖くて、彼はいつまでも引きこもったまま。まるで、カタツムリのように。
　それでも、伝えたくて。ほとんど顔を合わせることのなかったクラスメートたちへ、それでも何か、言葉を。自分なりの、お祝いのメッセージを。
「……卒業……おめでとう」
　つぶやいたところで、見回りの先生でしょうか、誰かがこちらへやってくる足音が聞こえます。彼は慌てて寝袋をかぶり、きっともう足を踏み入れることもない、３年７組の教室を後にしました。

　卒業式が終わったなら、一端教室へと戻ってきた７組の生徒たちが彼のメッセージを見つけて、なんだろうこれ？　誰が書いたんだろう？
　あっ！　あの人じゃない？　ほら、留年してて、でも全然授業出てこなくて……。
　……お祝いに、来てくれたんだなぁ。
　なんて一同ほっこりとしたりすることになるわけですけれど、彼がそれを目にすることはありませんでした。
　彼の心の中はそれでも、見上げた青い空のように、どこまでも晴れやかでした。