【黒い影の少女その１】

　その頃、森の中で狼達と遭遇したほかの仲間達も、ようやく遺跡の深奥に辿り着こうとしていた。
「遅くなっちまったね。さあ、みんなここが遺跡の深奥だよ！　って、なんだ、もうおっ始めてるのかい！？」
　フォルカは遺跡の深奥の空間で、すでに複数の冒険者と思しき者達が影の狼と対峙しているのを見て、目を見開いた。
「それじゃあ、あれがエンシェントエントさんだね。な、なんか凄いやつれてるっぽい……。早く何とかしてあげなきゃだよ……！」
　フォルカの後に続いてやってきた鈴原 天音が遺跡の奥の古木を見て言った。
「私もエンシェントエントさんのそばに行くわ。彼を守りながら、銃で狼を弱体化させてみようと思う」
　と、アリス・ミーティアも再びスカート下から拳銃を取り出して、臨戦態勢に入る。
「ミーツェもエンシェントエントさんのおそばに行きますにゃ。ミーツェの癒しの力、もしかするとお役にたてるかもしれないですのにゃ！」
　真剣な表情で、ミーツェ・Ｍ・フェリスも癒しの力を宿した肉球をぐっと前に突き出す。
　そんな一行を見て、ぱたぱたと近くに駆け寄っていったのは、さっきまでほかの仲間達の戦いを見守っていることしかできなかった遠野 まほろだった。
「……あ、あの……私も一緒に行っていいかな……？」
　まほろもまたエンシェントエントを、そして一緒に戦い、自分を助けてくれたレヴィ・カステラノスを助けたいと思った。
　エンシェントエントを救出しようとする者達にも否やはなかった。
「それじゃあ私は後方からクロスボウでそれを援護するわ」
「わ、私も魔風の力でみなさんを援護しますっ！　がんばリリエルです！」
　水上 桜とリリエル・エーテライトが、後方からの支援役を買ってでてくれた。
「よし、だったらあたしはその隙にあの影の少女をとっ捕まえる！　本家の虎の力、見せてやるんだから」
　メリィ・ランページは、狼とエンシェントエントの保護を仲間に任せて、自身は影の少女を狙うことを宣言した。これも誰も否やはなかった。誰もが、彼女の底の見えない笑みを不気味に思い、早期に決着をつけたいと思っていたのだ。
　と、そのとき。
「待ってくれ。俺達も行くよ」
　八神 修が、椿 美咲紀、常闇 月、新田 亮らと共に、遺跡の最深部にタイミングよく駆けつけた。
「エンシェントエントさん。なんだかとっても傷ついているみたい……。早く何とかしてあげなきゃ……！」
　美咲紀が傷ついたエンシェントエントに気遣わしげな表情で言う。
「枝の上に、例の少女もいますね。今回こそ捕まえて話を聞かないといけませんね」
　月は、鋭い視線で、首謀者であろう黒い影の少女を見据えている。
「まだ狼も何匹かいるようだ。協力して、素早く撃破しないとな」
　亮は、帽子を被り直しつつ、部屋全体の敵の配置を如才なく見まわした。
　かくして、ようやく遺跡にやってきたフルメンバーがここに集結した。
　と、そんな一行の様子を影の少女は邪悪な笑みを湛えて見下ろして、

『キヒヒッ……。そう上手くいくかしらァ……』

　などと含みのある笑みを浮かべるのだった。

　＊　＊　＊

　さて、影の狼は現在まだ三匹残っている。
　そのうちの一匹は、レヴィ・カステラノスと正面から相対していた。
（さて、この状況どうしたもんかねぇ……）
　レヴィは、ちらりとぞろぞろと部屋の入口に集まった冒険者達の姿に目をやった。
　彼らはエンシェントエントの傷を癒し、影の少女を捕縛すべく、一直線に走っている。
『ＢＯＷＷＯＷ！』
　と、それを阻止しようとするかのように、狼が冒険者達の方へ頭の向きを変える。
　そうはさせまい、とレヴィはそこで一気に翼をはためかせて、狼との距離を詰める。
「このあたしを目の前において、よそ見をするたぁいい度胸だ！」
　一気にゼロ距離に肉薄し、狼を真っ二つにするべく野太刀を振るう。
　だが、
『ＢＯＷ！』
「なっ……！？」
　その刹那、狼は大きく宙返りをするようにして、その野太刀を回避した。
『キヒヒッ……！』
　と、鼻につくような少女の笑い声が耳に絡む。
『さあ、遊びはおしまいにしましょォ……！』
　少女の声に、狼の目が輝く。
　宙返りからの着地と同時に、一気にレヴィの喉元に向かって飛びかかろうとする。
　しかし、その着地の直後の隙を狙って、一本の矢が狼の前足に突き刺さった。
『ＢＯＷ！？』
　地面に繋ぎとめられた前足を見た狼が、ハッと顔を上げて矢の飛来した方向を見やる。



「動きを止めたわ！　とどめを！」


　そこにはクロスボウを構えた、水上 桜がいた。彼女は中・遠距離から、狼の着地地点にあらかじめ狙いを定める偏差射撃で、狼を地面に縛りつけたのだった。
「……やるじゃないか、お嬢ちゃん。オーケー、奴のとどめは、このローリング・ジャグが引きうけた！」
　翼を唸らせ、怪鳥の如くレヴィの斬撃が吠えた。
　次の瞬間、今度こそ狼は二枚に下されて、その動きを完全に停止させている。
「こいつで終いだ。アンコールはなしだよ」
　すぅっと露を払うように野太刀を振るい、レヴィはもう聞こえてはいない狼にあの世への餞別の言葉を投げかけたのだった。

　＊　＊　＊

　一方、獅子目 悠月とオルカ・ヴィヴァルディの二人は背中合わせに互いの死角をカバーしつつ、それぞれに二匹の狼と相対していた。
「ねぇ、悠月。俺達も、あんな感じでコンビネーションアタックしない？」
　オルカがちらりと悠月を見て言う。
　あんな感じ、というのは先のレヴィと桜の連携のことだった。
「……いいだろう。次は外さない。今度こそ仕留めてやる」
　悠月が頷き、オルカもまた再攻撃のために地面を蹴る。
　狙うのは、やはりボス狼。
『ＢＯＷＷＯＷ！』
　ボス狼は正面からオルカを迎え撃つ態勢を整え、
『ＢＯＷ！』
　一方でもう一匹の狼がエンシェントエントのもとへ駆ける冒険者達を邪魔しようと走る。
「悠月、一匹逃げたよ？」
　オルカが、ボス狼に剣で斬りかかりながら、悠月をチラと振り返る。
「あちらはほかの皆に任せる。まずは目の前の敵を今度こそ仕留めるぞ」
　悠月は椿色の瞳に、真っ直ぐに狼だけを映している。
「了解。それじゃあさっさと終わらせようか！」
　軽くウインク一つで合図を送ると、オルカが再び舞う様に斬りかかる。
　踊るようにステップを踏んで斬撃。
『ＢＯＷＷＯＷ！』
　しかし、それを狼はタイミングを合わせるように後ろに跳躍して回避する。
　さながら、それは剣と牙による舞踏のようだ。
　だからこそ、悠月には着地地点を予測することができる。
「もらったっ！」
　悠月の矢が狼を狙って、空を裂く。
「よし！」
　と、オルカも思わず小さくガッツポーズする。
　それは、誰の目に見ても、外れるはずのない確かな狙い。
『あらァ……それはどォかしらァ……？』
『ＢＯＷＷＯＷ……！』
　だが、そこでまた少女の声が響き、ボス狼が想定外の挙動をして、その一矢を回避する。
『キヒヒッ……同じ手はァ……何度も通用しない……っ！？』
「うーん。悪いんだけど――」
「――それはこちらの台詞だ」
　オルカと悠月の声が重なる。
　二人の瞳は想定外なはずの挙動さえも想定の内に収めていた。
　一度目の斬撃と射撃を回避した狼の目の前にすでにオルカは踊るように踏み込んでいる。
　二度目の斬撃、そして射撃。


「今度こそ――」「――これで終わりだ」

　二人が流れるような攻撃動作を終えたときには、今度こそボス狼は眉間に×の字の傷と矢を突き立てて、その場に倒れ込んだ。
「やったね、悠月！」
　勝利の喜びに酔いしれつつ、オルカは悠月にひしっと抱きつく。
「……っ。オルカ、いちいち抱きつくなっ！」
　悠月が照れたようにオルカの顔を押しのけるが、オルカは離さない。だって、照れた悠月は大変に可愛らしいからだ。
「やっぱり悠月と背中合わせに戦うのは最高だね！　ばっちり決まると、気持ちよくない？」
「……ああ、歌っているようで高揚する。悪くないな」
　朗らかに問うオルカに、ぶっきらぼうに返す悠月の表情もまた決してまんざらではなさそうなものだった。