猫鳴館、退避命令！？　～巨大ナメクジの逆襲｜リアクション

猫鳴館、退避命令！？　～巨大ナメクジの逆襲

● 理事長に気づかれるな！

　修が階段を駆け下りてくる。
　手にはカメラ。栗色の柔らかい髪は、雨にしっとりと濡れている。
　猫鳴館に現れた巨大ナメクジの動向を確認しに、直接出向くべく昇降口へと急いでいるのだ。
　と、会議を終えたと思しき桜栄あずさ理事長が、やや千鳥足ぎみに職員室から出てきたではないか。
（まずい。理事長がこの事態に気づいたら、場合によっては寮の存続にも関わる）
　修はぴたりと駆け足をやめ、ずっと何事もなく歩いていましたよ、という涼しい顔で、雨の様子を確認しようと窓の方に顔を向けつつあったあずさに声を掛けた。
「桜栄理事長、こんにちは」
　修のハキハキとした声に、あずさは窓の方へ向けかけた顔を戻す。
　その瞬間、修は目の端に、森の中からにょっきりと飛び出たナメクジのツノを捉えていた。
（危うかった……！　このまま理事長の気を逸らさねば！）
　修はにこやかな顔を崩すことなく、理事長の視界に窓が入らぬよう立ち位置をずらす。
　上手い具合だ。理事長は修の誘導に乗って視線をずらし、異変には気付いていないと見える。
「こんにちは。期末はどうだった？　……なんて聞くまでもないかしら」
「恐縮です。いつもどおりです。学校も毎日楽しく過ごしています」
「それは良かったわ」
　そう言って、あずさは歩き出す。
　修はすかさず、あずさの隣――廊下側に並び、自分の方に顔が向くよう仕向けながら話を振った。
「来年度への会議ですか」
「そうよ」
　話しながら修は閃く。新聞部の自分にしかできない気の逸らせ方があるではないか。
「ぜひ理事長の来年度への想いを伺いたいです。インタビュー記事にして新聞に載せても？」
「そういえば新聞部だったわね」
「はい。よろしければ写真も撮らせていただきたいのですが」
　これらの提案は時間稼ぎでもあるが、年度節目の記事にも良いし一石二鳥だ。
「星ヶ丘に美味しいケーキのお店があるのをご存知ですか。そこでお話を伺うというのはどうです？」
　すると理事長は思いがけず首を横に振る。
「たしかに小腹はすいてるけど、男子生徒とふたりっきりでケーキだなんていらぬ誤解を生んじゃうじゃない」
　そういうところを一応気にするらしい。困ったな、と思ったそのとき、腕を組んだ解理と貴子が廊下の向こうからやってきた。修と解理は、一瞬のうちに目配せし、互いの意図を理解する。
「ふたりで拙ければ、彼女たちも一緒にどうです？」
　解理が貴子の脇をつつく。
「行きましょう、ケーキと勉強もいいじゃないですか。ね、先輩！」
　貴子は解理の勢いに圧されて頷く。
　修はここぞとばかりに理事長を口説き落としにかかった。
「みんな行くそうです。理事長もぜひ」
「わかったわ。そうとなったら善は急げよ八神君」
「はい。案内します。お荷物もお持ちしますよ」
　あずさの荷物を半分持ち、修はちらりと窓を見る。
（こっちは引き受けた。あとは頼んだぞ、皆！）