秘められた思い出｜リアクション

秘められた思い出

　木陰にひっそりと佇む墓にヒュー・ヒューバートは静かに手を合わせた。
　――この祈りは彼の地の母に届くのだろうか。
　墓に母親の遺骨は入っていない。登山に出掛けた先で不運にも雪崩に遭った。捜索の手を尽くしたが発見には至らず、山の一部となって永遠の眠りに就いている。
　ふと英国人の父親のことが頭に思い浮かんだ。母親が留学していた時に二人は結ばれ、自身はリヴァプールで産まれた。黒い髪や灰色の目は母親譲りで、とてもハーフには見えない。おまけに童顔であった。
　――母の為に遠く離れた異国で祈って欲しい。
　別れた父親に胸中で我が儘を通した。
　合わせていた手を離した。名残惜しい表情で踵を返す。凛とした大気の中、振り返らずに来た道を引き返していった。

　京都の格子状の道を歩いて帰る。観光客の流れから外れて脇道に入った。急に街並みが古くなる。古い平屋建てが多く見られ、竹で組まれた矢来が道の際まで迫り出していた。
　懐かしさでヒューの目が優しくなる。
　――芸大の頃を思い出す。
　杉の表面を焼いた焼杉の技法の家々が建ち並ぶ。どこかの民家から犬の吠える声が聞こえてきた。子供達の笑い声も耳にした。
　それだけで心が浮き立つ。無邪気な時分に戻ったような気がした。
　祖父母の家が見えてきた。長い塀に囲まれた豪壮な建物であった。
　ヒューは正門の前で足を止めた。気後れした様子で中を覗き込む。
　――祖父母と仲が悪い訳ではないが、やはり多少の緊張は仕方ないか。
　軽く呼吸を整えて呼び鈴を押した。事前に連絡していたおかげで、すんなりと扉が開いた。
　玄関口に出てきたのは厳めしい表情の祖父であった。
「よく来た」
「お久しぶりです。電話で伝えた通り、用事が済めばすぐにお暇します」
「急がんでもいい」
　即座に返された。ヒューは意図を読み取るような間を空ける。
「そうですね。久しぶりの我が家なのでゆっくりさせて頂きます」
「夕餉まではいろ」
「はい、わかりました。御馳走になります」
　話を終えた祖父は家の中に入る。開いた扉はヒューの手で閉じられた。
　祖母の挨拶を早々に済ませると家の中を歩いて回った。黒光りする床を目にして少し足を滑らせる。
　――昔は祖父母に隠れて走り、勢いよく滑ったものだ。
　窓の向こうに坪庭が見える。小作りながらも庭園を模していて小さな池まで設えてあった。水面は光を反射して中を見通すことはできなかった。
　――あそこに入れたフナはどうなったのだろう。
　そこかしこにある物が過去の記憶を思い出させる。母親との安らかな時間が欠けることなく収まっていた。
　仕事に関連した用事も忘れずにこなしていく。その動作は少し緩慢であった。周囲の細々とした物に目を奪われていた。
　――祖父に言われるまでもなかったな。長くなりそうだ。
　懐かしい思い出に囲まれたヒューは無垢な少年の姿で作業を進めるのだった。

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あとがき

担当マスター：黒羽カラス
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思い出の地には喜びもあれば相応の悲しみもあります。
自宅のテレビで過去を思い出すこともあるでしょう。
各々のＰＣの特徴を掴んだアクションが出揃いました。

暗い部屋に籠って作業をしている私ですが、
文章を書きながら日本中を旅して回っていました。
梅の場面では少し鼻がムズムズしました。軽い花粉症なもので（ズビー）。

楽しい旅人の気分を堪能できたのも参加して下さった皆さんのおかげです。
ありがとうございました。今後ともよろしくお願いします。

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