【星幽塔】第九階層　星が飾ったカナーリス｜リアクション

【星幽塔】第九階層　星が飾ったカナーリス

　来る邂逅は、あまりに唐突だった。
「――――！」
　顔上げ、桜がクロスボウを構える。牽制にまずは一手。イルカを乗りこなし、空中の機動を生かして空鯨の前へと飛び込んだ。
　自分はモンスターを引き付ける囮だ。
　髪が靡き、若草色のスカートが揺れる。イルカの身体は滑りやすい、だが、それでもバランスをしっかりと保たんと桜は足元に力を入れる。
「今――！」
　言葉は少なに。只、一手を打ち出した彼女の前で、巨大なクジラは咆哮をあげる。
　鼓膜を劈かんとするそれに眉根に皺は寄り、唇を噛みしめる。酷く頭痛をさせる音だ。
　桜を警戒して吼えた鯨の口の中へとタイミングを待って居たと修とロベルトは『唐辛子』を投げ込んだ――ロベルトは特別製だ。
　その巨躯がアルゴーにぶつかればひとたまりもない。風を操りながら、ロビンフットハットをかぶった新田亮はアルゴーを護り切るのは自分の仕事だとボウガンを構える。
　ピエロットに聞いた空イルカの乗り方。見事に乗りこなす彼の目の前には好敵手として申し分もない鯨の姿。
「でかいな」
　思わず呟けば、クルルルと鯨の声が耳を擽った。桜達の攻撃で幾許か怯んだのだろう。鯨はアルゴーから周囲で空イルカを駆る者たちを標的に変更したようだ。
（チャンスだ……！　この隙に最低限でも船を追えないようにするぞ！）

　

　空鯨が潮を吹き、一度海中へと潜っていく。視線で追いかけながら、アルゴーから遠ざける様に牽制を放つ桜と亮。
　二人の矢に誘われ、徐々にアルゴーから離れる鯨は一気に上空へと舞い踊った。
「しつこいわね……！」
　小さく毒づく桜の声に、亮は頷く。流石に鯨はタフだ。空イルカの背を叩き空中をぐるりと旋回した亮の頬にぱたたと水飛沫が跳ね上がる。
　鯨の口の中へと放った炸裂芋。真っ赤な円形のイモは衝撃で破裂をし、南瓜を破壊するにも至る。
　――まずは一撃。
　突然口の中で破裂するそれに鯨がばたばたと体を捻らせた。
　しかし、足りないのだと亮は気付く。暫くの間に交友を深めたイルカの背を撫で、その背中に立ち上がった彼は一気に飛び込んだ。
　目指すは鯨の背。
　拳を固め、風の軌道に乗ったまま、その拳を一気に突き立てる――その巨躯を海へと叩き落す様に。
　投げ入れられた炸裂芋の衝撃も相俟ってか、鯨の躰が傾いたその隙を彼は見逃さなかった。
　息を止め、首から下げたペンダントが大きく揺れる。
（――――発動！）
　殴りつけたその儘に鯨の躰は海へと落ちてゆく。亮を掬う様に体を潜らせたイルカはきゃっきゃと楽し気に旋回した。
「今よ！」
　海へと叩きつけられた鯨を目掛け、打ち出したクロスボウ。
　続き投げつけられるずた袋（炸裂芋入り）に空鯨はのたうち回る。巨大な水飛沫を浴びながら、アルゴーは空鯨から逃れられたのだと修は悟った。
「いいタイミングだ。このままアルゴーを空鯨から離すぞ！」
　指示と共に、旋回するアルゴー。「あわわ」と声上げて慌てるピエロットを尻目に桜は確かな感触を覚えていた。
　モンスターが現れれば積極的に攻撃を掛ければいい。
　その通りだ。
　モンスターの前に飛び出せば、自分が標的になる。
　この海の上ではかいぶつ達は皆、目の前の存在に気を取られる。
（……この習性は今後は役に立つかもしれないわね。モンスター記録を付けておきましょう）
　海の上だけではなく、２の島に辿り着けばもっと相手にしなくてはいけないかいぶつの数が増えてくる。それを考えるに、桜は気が休まらないわと、困ったように肩を竦めた。
「さくらさん～～～、助かったよぉ」
　手をひらひらと振るのんびり屋のピエロットに桜は小さく息をつき空イルカでアルゴーへと戻るのだった。

　