FEAR THE FORCE：変異-METAMORPHOSE｜リアクション

FEAR THE FORCE：変異-METAMORPHOSE

　鐘楼の螺旋階段を昇りきった先で、薄暗い視界が急に開けた。
　広い。
　風が出ている。
　人の身長ほどもある鐘を背にして彼が立っていた。鐘には蛇のようなシルエットが描かれていた。
　獅子目悠月の視線が厳しいものに変わる。
「香川か」
　すると、間髪入れず言葉が返ってきた。
「『ドクター』を付けてもらおう。あるいは『博士』か『ドクトル』だ」
　細身だが背は高くない。酷薄そうな顔つき、手には鉄製のハンマーを握っている。着ている白衣はボロボロだ。彼の目に宿る光には、確信と狂気が渦を巻いていた。
「ドクター、質問があります」
　黒依アリーセが前に出た。鐘が近いせいか、柑橘類の匂いは濃い。
「訊きたいのはあなたの目的です。アムリタについて調べました。まさか本当に不死薬が目的とも思えませんけど……？」
　ちゃんとドクターと呼ばれたせいか、多少、香川は言葉を緩めて、
「そうとも。私が目指しているのは、理想の世界の再創造だ。それを『乳海撹拌』と呼んでいる」
　志波武道が問うた。
「俺たちの『ろっこん』が、撹拌をもたらすエネルギーになったというのか」
「『ろっこん』というのは、君らが使う奇妙な能力のことだろう？　なら、その通りだ。この、黒の螺旋が成し遂げた」
　香川王堂は両腕を拡げた。彼の体に、するっと黒い蛇のようなものがまとわりついた。
　蛇ではない。翼がある。
　一方で、眼は複眼で昆虫のようでもある。龍と蟲のハイブリッドのように見えた。
「黒の螺旋というのは意志を持つ力のことでね……私が使役している昆虫の体を依り代にして実体化させている」
　黒の螺旋と呼ばれた生物は身をくねらせ、くるっと香川の体を一巡りする。生物は体を一捻りしていた。そうして、自分の尾を咥えている。
「螺旋がある限り、私は君たちの力には屈することはない。むしろその『ろっこん』は、君たちのほうに牙を剥くだろう。そのことは、前回学習したね？」
　ほんの戯れ、というように、香川はハンマーで軽く鐘を叩いた。
　普通の鐘同様に、低い音が鳴っただけである。音に続いては、音叉に似たうわんうわんというエコーがするばかりだ。だがこれは、寝子島高校の周辺には狂気の音として響き渡ったことだろう。
「やめてほしい。あなたの実験は成功した。これ以上、乱す必要はないでしょう」
　鴻上彰尋が呼びかけるも、香川はニヤニヤとするばかりだ。
「さて、どうしたものかな……」
　呉井陽太は、たまらなくなって一歩踏み出した。
　しかしこのとき鐘の背後に、飛行機の姿を目にして陽太は口を閉ざす。
　しかもそれが、特殊軍用機のように垂直に上昇してきたのである。
　とっさのことで陽太は事態を飲み込みかねた。
　戦闘機？
　なぜこんなところに？
　しかも、どう見てもあれは……段ボール製じゃないか！？