FEAR THE FORCE：変異-METAMORPHOSE｜リアクション

FEAR THE FORCE：変異-METAMORPHOSE

　ついに尾鎌蛇那伊のアキレス腱を取った。足一本使えなくなったところでこの男はまだ戦うだろう。しかしこれで圧倒的に優位になる。ナターシャは知らず、口元に笑みを浮かべている。
「これで……」
　ここで彼女の腕は空を切った。
　戻っている――！
　コロシアムは消え失せている。
　ここは高校の屋上だ。
　独楽のごとく後転してナターシャは、顔に触れる空気の冷たさに思い至る。
　夜海霧楓はそんなナターシャを正面から見すえていた。楓の手には、ラバーマスクがあった。
　動揺はみせないものの、楓は内心衝撃を受けている。彼女のマスクの下にはそれこそ、鞘を払ったスペツナズナイフのような冷たい顔があると思っていたのだ。
　だがこの女の素顔には、幼稚園の先生のような柔和さがあった。マスクが目を引っ張っていたとでもいうのだろうか、吊り上がった目も、おだかやかな丸みをおびているではないか。
　あっ、と叫んでナターシャは顔を押さえた。
　そして、悲鳴のような声を上げ、楓を押しのけて階段へ姿を消したのである。
　あまりに急なことで、楓も反応はできなかった。
　彼女が、マーマ、と言ったように聞こえた。

　優木遥斗の働きは、まさに阿修羅のそれであった。
　竹刀で叩き、突き、打って打って打ち据えて砕き、魂を飛ばしているメンバーに一切敵を近づけなかったのである。
「敵を知ることは……できた」
　ついに遥斗は、蟲の動きをほとんど予測できるまでになっていた。
　頭上にあっても背後にあっても、遥斗の半径1メートル以内に入った蟲は、無事にそこを出ることができない。たとえ上下から、あるいは左右から同時に攻めたところでそれは同じだっただろう。
　また、彼は用心して風の籠手を使うのは避けていた。急に香川が出てくる恐れもあったからだ。
「！」
　異様な気配を感じ、遥斗は足を止めた。
　しかしそれは敵の出現を意味しなかった。むしろ逆だ。
　際限なく湧いてきた蟲たちが、突然、四分五裂に逃散をはじめたのである。
　竹刀を収めるときがきたようだ。
　一振りして遥斗がその切っ先を見ると、叩きすぎたせいか竹刀はすでに割れて箒のようになっている。

「ダンボーさん、大丈夫ですか？」
　佐藤英二の眼前で急に『落ち』たアルチュール・ダンボーであったが、にわかに蟲が攻撃をやめ、一斉に去るのと前後して我に返っている。生徒会長らもこちら側に還ってきたようだ。
「……なんとか、ね」
　そうは言っているものの、ダンボーの顔色は紙のように白い。
　それにとどまらない。彼の唇からは血がしたたり落ちていたのだった。『現実』で何があったのかはわからないが、彼にだけは、戻ってからも残るダメージがあったものと見える。
「救急車を呼びます」
　彼に呼びかけながら英二は屋上のフェンスに取り付き、校庭で生徒たちが、次々と我に返っていくのを目撃していた。
　もう鐘は鳴らないだろうと英二は予想する。
　少なくとも、今日は。

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