FEAR THE FORCE：変異-METAMORPHOSE｜リアクション

FEAR THE FORCE：変異-METAMORPHOSE

「お初にお目にかかります……と、丁寧に対応すべき相手ではないようだね。社交辞令は抜きにしよう。俺は南戸河蔵人というんだ。博士、君のやり方を好まない人間の一人だよ」
　記者会見の会場はホテルの大広間だ。すでに記者や出版関係者の姿は一人もない。がらんとしたその場所で、蔵人と香川は、モニターを隔て向き合っている。
「お前は何者だ？」
「物書き。それ以前に寝子島の島民でもある。一応大人なんでね。子どもに危険な役目を押し付けてのほほんとはしてられない……と思ってるよ」
　香川は肯定も否定もせず、鼻で笑うように息を吐き出しただけだった。画面の向こうの彼は、白衣を着て革張りのチェアに深く腰掛けている。
「もう一つついでに言うなら……私が一番嫌いなタイプの大人は、子どもを悪の道に誘う奴だ」
　と言う蔵人は口元こそ笑っていたものの、目には正反対の表情が宿っていた。
「もしとか、たらとか、ればなんてのは夢に見るもんじゃなくて、本に書き記していくものだよ、私にとっては」
　それにしてもくだらないよね、と蔵人が告げた途端、記者会見のセッティングは陽炎のようにゆらいで消えた。会場も含めてすべて。
　ひんやりとした寝子島高校の廊下に彼は戻っている。
「文学賞か……そういう夢を見たことがなかったとは言わない。けれどそんな青臭い妄想に取り憑かれるにはもはや、少しばかり無理がある年頃だよ。まだまだ若造の範疇だがね」
　目の前にはやはり、テレビのモニターがある。サイズはずっと小さくなっているが、画面のなかから伝わってくる香川の目力は変わっていない。
「それは失敬した。執着が薄かったようだな、まあ、君は現状に満足し可能性を諦めた人間ということもできるだろう」
　馬鹿にしたような口調の香川に対しても、蔵人は声を荒げたりはしなかった。
　ただ蔵人は、言い聞かせるように語っただけである。
「今を、未来を変えることはできる。だが過去を変えることはできない。現実は、都合のいいようにはならない……多分私より長く生きてそうな見た目なのに、そんなこともわからないのかな？」
「黙れ！」
　突然香川が大きな声を上げたので、蔵人の笑みはますます強まった。香川の内面は脆い。脆いからこそ、こうした事件を引き起こしたと言えるだろう。あとはそのコンプレックスの源がどこにあるか、だが……？
　あくまで落ち着いた態度を崩さず蔵人はさらに畳みかけた。
「自分の幸せを追求するのは結構だが、人の幸せを奪ったり傷つけたりする権利は誰にもないってね」
　しかし、それ以上探ることはかなわなかった。
「つまらん男だ！」　
　一方的に決めつけるように言うと、テレビモニターは唐突にブラックアウトした。
「……！」
　そうして蔵人は廊下に一人、立ち尽くしている自分に気がついたのである。

◆◆◆

　足元は土、スタンドの客席は無人だ。
　灼熱の太陽が、尾鎌蛇那伊の首の後ろをじりじりと焦がす。
　このとき、蛇那伊はコロシアムの中央で向き合っていた。
　黒覆面に黒スウェット姿の、ナターシャと。
「君が幻でないことは判るわ。確かに、本当のナターシャね」
　腰の位置を落とし、蛇那伊は構える。
「お互い……考えていることは同じだったようだな」
　ナターシャも同様にどっしりと構え、じりじりと前進しはじめていた。蹴撃よりも、関節技主体で戦うつもりらしい。
　ここはコロシアム、帝政ローマの時代、闘士たちが命のやりとりをした場所。
　どうしてここにいるのか、それは考えるまい。蛇那伊は上唇を舐めた。
　大切なのは、眼前の敵――ナターシャに集中することだ。
　今度はもう、二人の闘いを邪魔する者は誰もいない。