FEAR THE FORCE：変異-METAMORPHOSE｜リアクション

FEAR THE FORCE：変異-METAMORPHOSE

　誰もいない職員室の床で、七枷陣は座り込んでいる。
　また鐘の音……どうして――。
　彼は『現実』にいるのか、それとも、これを凌いで正気を保っているのか。

◆◆◆

「驚いたな」
　南戸河蔵人は改めて、自分が特殊な場にいるという事実を認識していた。
　まあ、バレーボール大の昆虫が出てきたりしている時点で特殊は特殊なのだ。特殊すぎるくらいに。
　けれど仕込み傘を手に切った張ったを繰り返しながらも、蔵人はこの事件にもっと深い特殊性を見出していた。
　いわゆる『悪者が悪だくみをしているぜ』というような単純な話ではなさそうだ。
　途中で見かけたある生徒は、呆然とした状態が解け我に返るや泣き崩れた。「ここじゃない、あそこにいたい」そんな声を上げていたものだ。そこまで派手な反応ではなくても、がっかりと肩を落として歩み去る姿は少なくなかった。部外者の蔵人が校内にいることを、誰も不審に思わない程度に。
　誰も目覚めたことを喜んでいない様子だ。
　とすると、鐘の音に導かれて催眠状態に陥った彼らは幸福な夢を見ている、という仮定が成り立つ。自分と自分の置かれている状況に不満があるからこそ、心の虚を突かれ催眠にかかったのかもしれない。
　――だったら私も、その『夢の状態』を見てみたいものではあるね。
　そう願ったのが良かったのかもしれない。
　やがて四度目の鐘が聞こえたとき、蔵人は記者会見の会場にいた。
　内容は、日本で一番権威があるとされている文学賞の受賞記念会見だ。一応、新人賞のくくりだが、キャリア十年を超す中堅どころが受賞することも珍しくはない。その栄冠を思いがけず、蔵人が受けることになったのである。
　慣れぬフラッシュライトにさらされる1時間、タキシード姿の蔵人は冷や汗をかきっぱなしだった。受賞は嬉しい、それはもちろんだが、なんらかの賞を狙って書いたものでもなかっただけに、候補に選ばれたときからずっと「なにかの間違いでは？」半信半疑だった。それがまさかの大穴受賞、身に余る光栄すぎて縮こまる思いだ。
　ひととおり質疑応答が終わって、最後の最後にある大手新聞の記者からこんな質問が来た。
「南戸河先生の、次の目標は何ですか？」
「次の？」
　オウム返しして、やっぱここではノーベル文学賞とでも言っておいたらウケるのかな――などと蔵人は考える。
　しかし次に、彼の口から出た言葉は違っていた。
「次の目標……というか希望は、この件の首謀者に会うことだね」
　すらっと述べたとき既に、蔵人の額から汗は引いている。物腰も、自意識過剰気味にもがいていたものが、自宅で缶ビールを開けるときのように落ち着いていた。
「それはどういう意味ですか」
　当然、記者からはそんな質問が飛ぶわけだが、蔵人は平然として、
「言った通りの意味だよ。この件の黒幕に、会いたいね」
　まっすぐに記者席を見つめて返した。記者団のなかに『そいつ』が隠れているとでもいうかのように。
　すると記者たちはなぜか、数人がかりで液晶テレビを運んで来たのである。60型くらいだろうか。
　テレビが点いた。
　記者会見会場の大広間の電気が落ち、蔵人の眼鏡に、モニターの光が映り込む。
　やや不鮮明な画面の中から、酷薄そうな面持ちの男が蔵人を見つめ返していた。
「私は香川……『ドクター』か『ドクトル』、あるいは『博士』とつけてもらいたい。私に会いたいというのは、君かな？」
「ああ」
　蔵人は薄笑みを浮かべた。
　すでに蔵人の服装はタキシードではない。学校に入ったときと同じ、量販店で買ったシャツだった。