FEAR THE FORCE：変異-METAMORPHOSE｜リアクション

FEAR THE FORCE：変異-METAMORPHOSE

　階段を昇りきり渡り廊下に目をやったところで、
「あっ」
　と言ったまま詠寛美は絶句した。定食屋でカレーを頼んだら鰈（カレイ）が出てきた、とでもいうような表情である。
「あンなとこで……ってか、あいつは……！」
「どしたの寛美ちゃん？」
　桜庭円は寛美の視線の先を追い、「ワオ」と小さく声を上げた。
　小山内海も『Ｗａｏ☆』と、スケッチブックに書いてみた。丸文字で。
　渡り廊下のまんなかで、焚き火をしている少年がいたのである。
　焚き火からは、すうっと灰色の煙が一直線に立ち昇っていた。その先は乳白色の空と同化している。炎の勢いを殺してこれだけ上手に煙を上げるには、それなりの工夫と努力が必要だったことだろう。
「七峯！　こんなとこに放火すんな！　危ねぇだろ！」
　言いながらツカツカツカと、寛美は少年の前まで一直線に進み、上履きでグイっと火を踏みつけた。
「さすがの俺でもこんな危ねぇことしないぞ！」
　パンパンと灰を踏む寛美の足の下からは、まだ煙がちょろちょろと出ている。
「おいおい待てよ。見ろ、回りに可燃物なんてない。火事にはならねえよ。これはな、放火じゃなく……」
　七峯亨は弁明するように両手をパーにして立てるも、白い歯を見せて二カッと笑っていた。
「焚き火でもなくて、狼煙（のろし）だ」
「は？」
「ほらよっちゃん、前に言ったろ？　『俺を呼びたいなら矢文か狼煙にしやがれー』って。あいにくと弓がなくてさ。いや、さすがに恥ずかしかったぜ、よっちゃんコレで呼ぶの」
　亨にまったく悪びれた様子はない。
「お……お前、あれはモノノタトエだ！」
「おお、難しい言葉知ってるな」
「漢字じゃ書けん！　じゃねぇ！　マジにとらえるってお前、バカなのか！？」
「ちょっと自信ない」
「おい！」
　とご立腹の様子ながらも、海の目に映る寛美はなんだか嬉しそうだった。
　――もしかしたら寛美ちゃんって、彼のこと……？
　だが今は、そんなことを考えている場合ではないだろう。
「でも実際、これで合流できたろ？　結果オーライだ」
「なンにが結果オーライだ。それはな、出たとこ勝負ってんだ」
　おっと悪い、と寛美は円と海を振り返って、
「すまねぇ、紹介が遅くなって。えー、こいつは、七峯亨ってバカだ」
「もうちょっと優しい紹介はできんのか」
　まあそれが彼女らしい、と亨は苦笑いして、
「この騒動に巻き込まれたのはお互い様らしいな。調査してる、ってところも」
　そんなところだね、と円は告げる。
「そっちのほうは何か手がかりは見つかった？」
「うんにゃ」
　亨は肩をすくめて、
「今のところ総当たりって感じだ。よっちゃんと合流できたらプールの調査も考えてた」
「プール！？」
　なんで、と寛美が声を上げたので、「まあ俺もプールはダメかな、と思った」と亨は応じる。
「季節が合えば景勝地、よっちゃんのスタイルなら特上ものだろうが、あいにくとまだ皆泳ぐにも着替えるにも寒……」
「さりげなくセクハラ発言すんな。なんなら今すぐ、プールに蹴り込んでやってもいーんだぞ」
「待て待て！　今日の服は高いんで冷水は勘弁！　ま、そっちのほうは夏に期待だな。観光も捕物も、仕置きだって慣れっこさ」
「テメーと話してるとなンか調子狂ってくるぜ」
　ばりばりと寛美は頭をかくのだが、むしろ調子よくなっているように見えるのはやはり、海の気のせいなのだろうか。
　あの、と言うように海は手を挙げた。スケッチブックを示す。
『私たち、寛美ちゃんが見たドラゴン的な生物をさがして、とりあえず屋上を目指しているんです』
　円はふと、「ウロボロス」というものを連想していた。もちろん想像上の生き物だが、ウロボロスは永劫を象徴するという説がある。過去と現在を行き来するこの日の体験に、なにか関連があるような気がしてならない。
『七峯さんも、いっしょに行ってみませんか？』
　このとき出し抜けに、三度目の鐘が鳴っていた。
「……！」
　亨は思わず歯を食いしばる。二度目も息を詰め、臍下丹田に力を込めることで堪えることができた。
　今度も……！
「どうした？」
　すっと体の力が抜ける。亨の肩に、寛美が手を乗せているのだった。
「いや、あの鐘……嫌でな」
　でももう大丈夫だ。亨はほっとしたように笑う。本当にもう大丈夫だ。
　見れば、円も下を向いていたが、両手を海に握られている。円もどうやらこの状況を凌いだようだ。