FEAR THE FORCE：変異-METAMORPHOSE｜リアクション

FEAR THE FORCE：変異-METAMORPHOSE

　またひとつ鐘が鳴った。三度目だ。
「武道君、落ち着いて落ち着いて、大丈夫だからね。あっちに行っちゃだめだよ。ほら、呼吸呼吸。いくよ、ひっ、ひっ、ふー。できる？　ひっ、ひっ、ふー」
「おう。ひっ、ひっ、ふー……って陽太くん、それは妊婦が赤ちゃん産むときにする呼吸法じゃないのか！」
「あはははは、そうだった。でも、おかげで正気を保てたようだねぃ？」
「……ま、おかげさんで」
　生徒会室、ここで呉井陽太と志波武道が、そんな丁々発止のやりとりをしている。
　黒依アリーセも合流して、息の合った彼らの言葉の応酬を眺めていた。机の上には、彼女の作ってきた蒸しパンがひろげられ、お茶が淹れられている。ここにいると、外の騒動が嘘のような気持ちになる。
　しかし彼らとて、ただこの場所で嵐が過ぎ去るのを待っているわけではない。武道が告げた。
「うん、これではっきりした。ある程度身構えていれば、さっきのように非現実の現実――妙な言い方だな、まあ、カギカッコつきの『現実』とでも言おうか――に飲み込まれることはないようだな」
「みたいだねぃ。ラマーズ法が役に立つ」
「そう……いやいやいやそうじゃないって！　とにかく覚悟がいる、ってことだろ」
「ふふーん、そうとも言うねぃ。まあオレは、とくだん準備しなくてもかわせるみたいなんだけどね。体質による？」
「そうだな。体質かな……」
　うなずきながらも武道の心に浮かんだ言葉は別だ。
　近いかもしれないが、違う気がする。
　――実際は、現実になんらかの不満があり、『現実』に憧れる気持ちがあるから呑まれるんじゃないか……？
　どうしてもその疑念は口にできなかったが。
「ところで」
　くるりと回転チェアを回し、陽太はアリーセの正面を向く。
「途中で秘子ちゃんに会ったんだって？　いいなぁ」
「はい。胡乱路さんは……その、やっぱり超然としていました」
　まるでこの騒ぎが目に入らないかのように。あるいは、これもまたひとつの不可思議として、鑑賞しているかのように。
「会えたら話しかけてみたかったなあ……『意識が別の所へ行くって何だかＭＦＳ思い出すね』って」
　ふう、と陽太がネクタイを弛めたところで、ドアがカララと開いた。
「急いだけど……思ったより手間取った」
　獅子目悠月、それに、
「途中で会いました。武道先輩、よろしくお願いします。呉井先輩も……」
　一礼して、優木遥斗も生徒会室に入ってきたのである。
　二人とも修羅場のひとつやふたつ抜けてきたようで、息に乱れはあるものの目立った怪我はしていない。むしろ多少のトラブルを経たおかげか、遥斗の頬には血色がさし、悠月の髪は艶やかさを増しているようであった。
「悠月くん、道中大変だったようだけど、下手に動けなかったので内心じりじりしていた……ともあれ無事でよかった。それに彰尋くん、これは思わぬ援軍だな。心強い」
　自然に笑みをこぼす武道の口調は、優しくとも靱（つよ）さをにじませるものであった。寝子島高校生徒会長の名にふさわしい貫禄を、知らず身につけているようであった。
　ぱん、と陽太は手を叩く。
「さぁて、これでようやく、役者が揃ったようだねぃ。そろそろ出かけるとしようか……真相究明に！」
　そして陽太は、武道がうなずき、席を立つのを確認してから自分も続いたのである。
「アリーセちゃんと彰尋君は初対面だったかな？　ともかく、みんなの持ち寄った情報を交換しながら行こうよぅ」
　目指すは屋上。
　この人数である。多少の蟲が待ち構えていようと蹴散らして進むまでだ。