【星幽塔】第八階層　妖精のオーブと２人の乙女｜リアクション

【星幽塔】第八階層　妖精のオーブと２人の乙女

●仕掛けへ

「……聞こえる？　椿さん」
「はい……あっちの方に川の流れが聞こえるです……」
　上空を舞う桃白猫の背で、盗賊姿の女の子と白いローブを羽織った女の子が話していた。夏朝と美咲紀である。美咲紀は風の魔法を使い、水の音を拾おうと精神を集中していた。
　美咲紀が森の茂みを注視する。その目が大きく開いた。
「あ！　あれじゃないですか？！」
　美咲紀が杖で指す方向に夏朝も目を向ける。木々の切れ間に水面がきらりと光った。
　２人は森の茂みの中に水の流れを確認すると、ジン達の所に降りてきた。

「確かに川があったよ。あれを滝壺に流すの？　ジン君」
　夏朝の問いに、ジンが頷いた。
「そうだよ。滝壺はこの山肌伝いにずっと行った所にある。仕掛けの場所は僕が知ってる」
　そこまで言ったジンの瞳に不安の色が浮かんだ。
「大昔に地の精がおかしくなって、今みたいになった事があったらしいんだ。その時に滝壺まで巨人を連れて行って水を落としたらしいんだけど」
　ジンの眉がきゅっと寄った。
「でも、ほんと大昔だから、今も仕掛けが動くかは分からないんだ……」
　そう言ってジンは俯いてしまう。その頭を轟が人指し指でわしわしと撫でた。
「大丈夫、きっと動くさ！　やる前から心配するな！」
　美咲紀もジンを元気づけるようにうんうんと頷く。
「頑張りましょう！　ピレーさんを助け出さないと！」
　２人の励ましにジンの瞳が明るくなる。修が皆の顔を見ながら言った。
「俺と美咲紀は桃川とデイジーカッターに加勢をしつつ、巨人を滝壺に誘導する。ザ・ストレイトはどうする？」
「俺は仕掛けの方に行くぜ！」
「僕も仕掛けに行く。ザ・ストレイトを運ぶのは僕しかできないし」
「私は戦闘の方に戻るね……。みんなを少しでも助けたいし」
　轟や夏朝の後に、まほろもゆっくりとだが、力を込めて答える。全員が気持ちを一つにして頷き合った。

＊＊＊＊＊＊＊

「おー！　空飛ぶ猫か、気持ちいいぜ！　毛もふっかふかだし！」
　夏朝と轟を乗せた桃白猫は高度を一気に上げ、風に乗るように上空を旋回していた。馬くらいの大きさしかない猫であるが、夏朝と轟はろっこん＜重く軽く＞をかけたシールを貼っているので、桃白猫は気持ちよく翼を羽ばたかせている。と、もぞりと夏朝のマフラーが動き、ジンがぷはっと顔を出した。
「うわあ、すげー高い！　俺こんな高く飛んだ事ないよ」
「ジン君、仕掛けはどこにあるの？」
　自分の手でそっと風をよけてやりながら夏朝が訊く。ジンがマフラーの中から腕を出した。
「あそこ。森の中から石の柱が立ってるだろう？　あの根元にある石の突起を押し込めば仕掛けが作動するらしいんだ」
「滝壺はあの先か……。タイミングを合わせる必要があるな。俺が降りて仕掛けを作動させる。恵御納は巨人が滝壺に来たら教えてくれないか？」
「了解。任せて」
　夏朝はコクンと頷くと、桃白猫にそっと耳打ちをする。猫がすうっと石柱に向けて高度を下げ始めた。
　と、夏朝の後ろから轟の声がした。
「もうここらでいいぜ、恵御納！」
「え？　まだ高い……」
　そう言いながら夏朝が振り向いた時には、轟の姿はなかった。
「トウッ！」
　特撮物のヒーローのようにそう叫ぶと、轟は猫の背から飛び降りたのである。
「ザ・ストレイト？！」
　余り声を張り上げる事のない夏朝が思わず叫ぶ。―――異世界とはいえ、これは特撮じゃない！
　しかし。一直線に落ちた轟は、なぜだかふわりと着地した。
「あ、そうか……」
　夏朝は思い出した。彼には自分がろっこんをこめたねこシールを貼っていたではないか。轟が下から大きく手を振りながら言った。
「じゃあ、頼んだぞ恵御納ー！」
　その声に夏朝は片手を挙げて頷く。桃白猫が羽ばたきながら滝壺上空へと進路を変えた。