お絵かきの時間｜リアクション

お絵かきの時間

■THUN TOUCH THUN
　最後の審判という絵画をご存じだろうか。
　十六世紀、ルネサンス期のバチカン宮殿システィーナ礼拝堂に描かれた巨匠ミケランジェロの作である。
　そも、この絵画が描かれる前にはペルジーノという画家の作品が描かれていたが、壁ごとはがされて無くなったという。
　この絵を残すことを提案し、しかし却下されたミケランジェロの心中はいかに……。
　などと。
　旅鴉月詠は町の壁へ大胆に吹き付けられたペイントスプレーの跡を見て思った。
　小脇に抱えたるは脚立とペイントセット。
　首からプラケースに入れてぶらさげているのは公的許可証である。
　このたび、キャットロードの路地にいつのまにか描かれた落書きを消す依頼を寝子高を通じて受けた月詠である。
　ストリートギャングというワードが新しかった時代、彼らは互いの縄張りをマーキングするかのごとく壁にスプレー缶を吹き付けて回り、やがて一部のそれはアートへと昇華していったという。
　とはいえ多くのそれは落書きであることに変わりなく、意味の分からない者たちからすれば獣が小便をひっかけてまわる行為とそう変わらないのだ。
　ゆえに落書きを消しては描かれ消しては描かれを繰り返し、しばしちょっとした攻防戦の様相を呈した。
　それから数年経ってから、上からきっちりとした絵画を描ききってしまえばそれ以上描かれないという発想に行き着いたらしく、多くの市町村はあんまりお金のかからない方法でトンネル下の壁などに絵画を描くことを習慣化したという。
　今回もその一環だと考えてよいだろうか？
　さておき。
「このアートとは呼べないマーキングを消してしまわないとな」
　ペンキ缶を手にとる。壁一面を下地の色で埋め尽くしてしまえば手っ取り早いだろう。
　筆で塗りつけるのはあまりに非効率。ローラーでぺたぺた塗りつぶすか？
　いや、いっそペンキを上からたらしていけばいいだろう。
　それよりも壁に思い切り叩き付けてしまえば気持ちよいかもしれない。
　……などと思ったところで、なんだか愉快な発想が浮かんできた。
　にやりと笑い、壁の真ん中にペンキをぶちまける。
　もはや事故のなりゆきとしか思えないようなペンキ跡ができあがり、月詠はそこから放射状に下書きを施していく。
　本来こういった絵画は基本の画を手元に作ってからそれを拡大する形で描き出すものだが、月詠はもっぱらアドリブである。才能だけで画を描いているような、そんな振る舞いであった。
　目指したのは攻防戦だ。
　壁に自分の想いを叩き付けようとする連中と、それを消して回ろうとする連中。
　頭をネコのようにして、ちょっぴり縄張り争いの様相も思わせて、ごちゃごちゃとしていながらも、中心の『ぶちまけ』に集まるようにつながるイラストの集合体。
　やがてできあがった巨大な絵画の中央に、ＣＡＴＲＯＡＤと大胆に書き付けた。
「既存のグラフティにかぶせるのであれば、より高位の図案であらねばならない。ふふ」
　月詠は、頬についたペンキを手の甲でぬぐった。