To you of mirrored｜リアクション

To you of mirrored

普通の日常

■ケース７：ネジがひとつ巻かれただけで
　浅葱あやめは浅葱眼鏡店の看板青年だ。
　物静かだがハキハキとしていて、客が彼と会話するためだけにやってくることもある。
「ありがとうございました。またいつでもお声がけくださいね」
　満足げに客が帰っていく。
　すれ違うように、少女――宇津野京が店に入ってきた。
　あやめを見るなりびくりとする。
　理由は分かっている。あやめの目つきが悪いせいで、初見の人に警戒されるのだ。
　けれど、対応の仕方はちゃんと知っていた。
「いらっしゃいませ」
　笑いかけて、小さく頷いてやる。
　それだけで京の警戒はするするとほどけていった。
　これが小さい子供だと、笑顔が通じずにあたふたするところなのだが……察しの深いお客様で助かった。
「ご自分用の眼鏡をお探しですか？」
「はい……読書をするのに、あったらいいかと」
「なるほど……」
　そう言いながらフレームに目星をつけていく。
　ちょっとしゃれっ気を持ちたいだけ。そして字がくっきり見えたらよいだけ。
　……くらいなら。
「こちらはいかがでしょう」
　女性らしく、けれど少しばかり遊んだ飾りのついた眼鏡だ。
　常用には向かないが、たまの読書に取り出すには気持ちが良いだろう。
「わあ、素敵です」
　京が笑うので、あやめも照れたように笑った。

　夜も更け、店じまい。
　今日もいい接客ができた。あやめはレジの計算をしながら思った。
　押しの強い相手に断わり切れなかったり、小さな子供に対応できなかったり……反省点は色々あるが、最後には皆笑って帰ってくれる。それが一番いいことだ。お爺さまなら、もっとうまくやるのかもしれないけれど。
　こうして色んな人を笑顔にしていくことで、自分の居場所も広がっていく。そんな風に思う。
　ふと中学時代の部活仲間のことを思い出した。あれもいい居場所だった。
　演劇部にいた彼は、まだ舞台に立っていると聞く。
「そうだ、今日は舞台を見に行こう」
　まだ席はあるだろうか。レジに鍵をかけて、ポケットに入れる。