現れた扉｜リアクション

現れた扉

　菫青醒夜子は早朝から九夜山に分け入った。愛らしい容貌と相反する格好をしていた。
　頭部を守るのは黄色い安全帽。モスグリーンのオーバーオールにブラウンのカーゴパンツを合わせていた。どちらもポケットが多く、表面が僅かに膨らんでいる。両手には軍手を嵌めて万全の態勢で臨んだ。
　山の斜面をしっかりとした足取りで横断する。早速、専用の長靴が威力を発揮した。
　――予想が当たったわ。今朝の地震で少し崩れているみたい。新しい地層の発見も期待できるわね。もちろん、珍しい鉱石との出会いも夢ではないわ。
　自身の考えに納得したように笑みを作る。手頃な木の幹を掴むと上へと登り始めた。
　その過程で石塊を見つける。素早く拾い上げ、持参したルーペで表面を観察した。
　――珍しい石ではないわね。
　元の場所に戻して探索を続行した。
　微かな息遣いで順調に歩を進める。その足が途端に乱れた。
　自然の風景に似つかわしくない人工物が目に留まる。醒夜子は不審に思いながらも立ち寄った。
　白金のような色合いの大きな扉であった。観音開きの一方、向かって左側が僅かに開いていた。　
　――初めて見るわね。
　右手の軍手を外して扉に触れてみる。手に冷たさが伝わったのか。急いで離して掌を擦り合わせた。
　――鉄、アルミ？　合金のようにも思えるわ。
　扉の表面を見詰める。間もなく関心は隙間へと移った。
　――奥には何があるのかしら。鉱山の跡地なら、少しは鉱石が残されているかもしれないわ。
　その発想が行動に繋がる。開いた扉に指を引っ掛けた。深呼吸を済ませると仰け反る姿で引っ張った。少しは動いたものの、身体が入る程ではなかった。
「あと少しね」
　それとなく周囲に目をやる。近くに人の姿はなかった。ほっとした顔で先程と同じように指を掛ける。片方の足は反対側の扉を踏み付けた。足と手を使って全力で当たった。
　扉は根負けしたように呻く。
「上出来ね」
　身体を横にすれば中に入ることが出来る。暗さを考慮して安全帽にヘッドライトを装着した。
「いよいよね」
　にこやかな表情で中に入っていった。
　ライトの光が暗闇を押し退ける。見える部分は灰色で距離感が掴み難い。不意の衝突に備えて両手を前に出した。その状態で慎重に歩く。
　――人工的な作りに見えるわね。全てを回る時間が惜しいから、まずは深部を目指すわ。
　若干、速度が上がる。前方に階段を発見した。
　――これが坑道の入り口なのね。
　醒夜子は弾むようにして階段を下りていく。数分で無機質な部屋に出た。見回してみても何もない。
「あるにはあるけど」
　ロッカールームのような細長い扉があった。表面がざらついていて一目で石とわかる。
　――上が金属で、次は石なのね。
　覚悟した表情で取っ手を握る。力を加えた瞬間、あら？　と言葉が漏れた。扉は簡単に開いた。奥にはまたしても階段が続く。手彫りのような質感に笑みが浮かぶ。
　――深さに比例して原始に戻るような、とても不思議な感覚ね。
「……次は鉱石の出番よね」
　緩んだ表情で深部を目指す。
　そして空間に辿り着いた。岩を刳り貫いた場所に醒夜子は佇む。ヘッドライトの光は岩を寄せ集めたような形の扉を映し出していた。深い青が表面に浮き出て見える。
「……アイオライトね」
　艶やかな青い瞳を扉に向ける。
　――あの先には何が……。原始の生命が眠る、赤い地の底があって、踏み出した私を誘って、安らかな眠りを……。
　頭が不規則に揺れていた。疲労が心地よい睡眠をもたらしているようだった。
　閉じそうになる瞼で扉に歩み寄る。
「……開け、ないと……」
　ゆっくりと膝を折るようにして座り込む。
　アイオライトの扉の傍らで醒夜子は安らかな眠りに就いた。

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