現れた扉｜リアクション

現れた扉

　朝鳥さゆるが独り、山道をゆく。臙脂のコートのポケットに両手を入れて、ただ足を動かしていた。憂いを秘めた切れ長の目は周囲を拒絶する。俯いた姿で道だけをぼんやりと見ていた。
　鳥の囀りにも耳を傾けない。風に吹かれた枯れ葉の囁きを無視した。
　寡黙に徹して道なりに歩く。頂上が望めるところに至り、急に顔を横に向ける。気紛れなのか。左手の斜面に踏み込んだ。
　――道を外れるのは慣れているわ。
　半ば滑るようにして下る。左右から伸びる枝がコートを引っ掻く。構わずに先へと進んだ。
　横手から強い光を受けた。立ち止まって一方を見遣る。朝陽を受けて輝く物体が目に留まった。
「扉があるわ」
　驚いた様子は見られない。目から入った情報を淡々と受け止める。
　左側の開いた部分に身体を割り込ませて更に押し広げる。光を恐れた闇が奥の方に逃げ出した。
「暗いわね」
　さゆるはスマートフォンの機能を使って明かりを確保した。特に表情を変えることなく、扉の中へと立ち入った。
　手にした光が闇を蹴散らす。見える部分は灰色だった。
　――白ではないわ。でも、黒でもない。中途半端な色ね。
　自嘲気味に嗤う。引き返す素振りを見せず、足の向くままに歩いた。
　内部はとても静かで音が死に絶えて久しいように思える。
　――何もかもが灰色で心に残らないわ。ただ、あるだけの世界なのね。
　更に笑みが深くなる。大口を開けた階段が見えてきた。深い地の底に向かって新たな一歩を踏み出した。
　硬質な足音を響かせて階段を下りる。がらんとした空間に出くわした。
　――あたしの心と同じね。
　奥に進むと細長い石の扉があった。好奇心をくすぐるかのように僅かに開いている。
　――いいわ、誘いに乗ってあげる。
　さゆるは酷薄な笑みで石の扉を開けた。深みへと引きずり込む、そのような階段が延々と続いていた。

　階段を下りた先は広い空間になっていた。手近の壁に光を当てる。荒々しく削った部分が剥き出しになっていた。天井は歪な岩が密集した状態にあった。床に相当する部分は辛うじて水平を保っていて行動を妨げることはなかった。
　さゆるは周囲に光を当てながら見て回る。
　奥まったところに青く光る扉があった。その手前に人らしき物体が見える。
　冷静な目で近づく。工事現場で見かけるような人形ではなかった。黄色い安全帽を被った菫青醒夜子が横向きに倒れていた。
　さゆるはしゃがんで相手の鼻に掌を向ける。
「息はあるようね」
　その声に反応したのか。醒夜子は口元を微かに動かした。ここまでの道程に疲れて寝ているように見える。
　さゆるは立ち上がった。青い扉と醒夜子に交互に目を遣る。
　手にした光が少し弱くなってきた。階段の方を意識して軽く息を吐いた。
「その前に」
　醒夜子の閉じた瞼に強い光を当てた。むずがる赤ちゃんのように表情を歪める。苦しそうな声を漏らし、寝返りを打った。
　――これでいいわ。
　さゆるは来た道を引き返す。階段に足を掛けた時、朝なのね、と寝言のような声が聞こえてきた。
「……あたしにも夜明けがくるのかな」
　明るい地上に向かって、さゆるは階段を上り始めた。

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