降る雨｜リアクション

降る雨

「なるほど？　しかしこれならどうだ？」
　衝撃は、思わぬ方向から飛んできた。
　緑のロングコートをはためかせ、「穿て」の言葉と共に天野を襲ったのは、龍八のろっこん『破空法』により、圧縮された空気の塊。
「！！？」
　至近距離から不可視の直撃を受けた天野は、不意を突かれて、大きく体勢を崩す。
　いざという時のため、重い消火器を男に向けて構えていた梢が、小さく悲鳴をあげた。
　しかしこの場において、龍八のろっこんの威力は、限りなく低く。
　あくまで、仲間を動揺させる以上の効果はない。
　勿論、龍八は策を考えていた。
　呆気に取られる同級生達と距離を取り。
「これを見ろ！」
　空になった、漂白剤の容器を投げ捨てた。その手元には、バケツ。
「この中には、漂白剤が入っている。ここに、酸性の洗剤を入れたら……愉快だろ？」
「何を考えているの！？」
　絶句する優華をよそに、龍八はハッタリをきかせたまま、男に近接し耳打ちする。
「自暴自棄になって、人生捨てるくらいなら、その悪事と罪は俺が貰う。……俺に唆されてやった事にして、後は人生やり直すなり好きにしろ」
　龍八が顎で、男に裏口を示す。

（男を油断させる隙を作って、人質を奪還する！）
　凛太郎は想いを込めて、祖父からもらったお守りの法螺貝を吹き鳴らした。
　音は厳かに響き渡ったが、それそのものよりも皆を驚かせたのは、どこからともなく彼の愛馬・天河が現れた事である。
　凛太郎のろっこん『天河召喚』だ。
　ろっこんを初めて発動した彼は、見慣れた愛馬の姿に戸惑いながらも、急ぎ背に跨る。
　その尻尾に、没もくっついた。
「いくぞ、天河！」
「うわ、止まれお前ら！　人質がどうなってもいいのか！？」
「勿論、返してもらうよ！」
　馬の歩幅は広い、あっという間に男との距離を詰め、鼻先をかすめて通り過ぎた。
　尻尾の陰から、ぽーんと飛び出した没を置き土産に。
「♪」
　没の小さな手は、ちょこんと囚われのお姫様を捕まえて。
　そのまま、男から遠く離れた場所に、彼女を連れ去った。
　凛太郎は用意しておいた救急セットから、素早く三角巾を取り出し、まひるの腕を吊った。

　人質が居なくなった事で、保たれていた均衡は崩れ、教会は一気に修羅場となる。
「やれやれ、ようやく俺の出番か。退屈で帰っちまうとこだったぜ！」
　口元に不敵な笑みを浮かべ、瞬平は有無を言わさず龍八に駆け寄ると、バケツを蹴り上げた。
「事を大きくして楽しもうってか？　仕方ねぇ、ガラじゃねえが……手伝ってやるよ」
「くそ。おい、あんた！　その怪力で教会内にいる奴を担いで逃げて、保護を求めろ……後は何とかなるだろう！」
　瞬平の拳に、龍八はじりじりと後退を余儀なくされながらも、続ける。
「俺は『ワースト』だ。人の弱みに付け込み、悪事をさせる。あの男は用済みだな……。さて、屑の処分だ……皆、死ね」
　龍八が更に空気砲を撃ち出す。
「てめえ、正気か？　あんな負け犬に肩入れしてんじゃねーよ」
　見えない攻撃を、瞬平は喧嘩で培った勘を頼りに僅かに腰を落とすのみでかわし、情け容赦ないパンチの連打を見舞う。
　どうにか腕でガードし続ける龍八だったが、苛烈な攻撃の前に、とうとう膝を折った。