降る雨｜リアクション

降る雨

●願い

　ぽつり、ぽつりと降り出した雨は、すっかり本降りになってしまっていた。
　夕刻の街は、立ち止まり空を見上げる人や、意を決して駆け出す人などで、しばし慌しく。
　しかし人通りも疎らになると、その表情をひっそりと暗く沈めた。

「何だか大変な事になっているみたいですけど」
　申し訳なさそうに、常葉治が切り出した。
　彼女……いや、彼は旧市街にある料亭旅館『薫風常葉』の若女将として、日夜忙しい。
「なにせ突然の雨でしょう？　夜桜見物に集まったお客様が、外に出られないとかで」
　急に宴会の準備をしなきゃならなくなったんです。
　ごめんなさい、と言う治の手には幾本かの傘が握られている。
　せわしない時間を縫って、持って来てくれたのだろう。
　園部流花の呼びかけで集まった、23名のメンバーは、傘を手渡してくれた治に礼を言い、その背中を見送った。

「まさかこれだけの人が集まるとはなぁ。……いろんな人が集まりすぎてちょっと心配なんだけど、大丈夫かな」
　最後の方は小声で。流花は集団をぐるっと見渡した。
　いかにもスポーツや、武術をたしなんでいる風な頼もしい顔。
　知性派のインテリさん。
　話を聞いて博愛の心に突き動かされて……或いは、疑問や怒りを感じて集まった面々。
　草薙龍八のように、集団からは少し離れて様子を伺っている者。
　良からぬ企みを感じ取り、新井瞬平のように、眼光鋭く睨みあげている者もいる。
　良く言えばフリーダム、悪く言えばカオス。

　そのうちの一人、小山内海は雨に濡れないように、しっかりと胸にスケッチブックを抱き込んでいる。
　寮で同室の少女は、あっけらかんと笑いながら「寝子島に住んでるんだからフツウなんて物足りないさー」なんていつも言うけれど。
　神――野々ののこが落ちてきた、あの日。
　海達『もれいび』は、人ならざる力を得た。
　神の力の源である『神魂』が、入学式が行われた講堂を中心に、世界中にばら撒かれ。
　テオの声を聞いて。
　あの日から、いつかは起こると思っていた、ろっこんを使った事件。
　予感が現実のものとなった事を改めて思い知り、海は細い息を吐いた。
　フツウを守らなきゃ。
　ののこのためだけじゃなく、皆のため。
　無事に帰って、部屋で待つもふもふのぬいぐるみに、ただいまのキスをしよう。
　そうして、ルームメイトの少女をモデルに、絵筆を走らせよう。
　そのために私に出来る事を。
　
　目立って小柄な少女　シルヴィア・W（シルヴィア・ホワイトウルフ・リュイセンヴェルグ）は、コンビニでビニール傘を買い足してくると、皆に手渡した。
　その白く小さな手の中に、しっかりと缶のお汁粉が握られているのはご愛嬌だろう。
　あふりと、小さなあくびをする彼女にも礼を言い、仲間達は傘に身を寄せ合う。
　マウンテンバイクで駆けつけた神薙焔も合流したのを確認すると、傘の端からこぼれた雫を、ふるふると頭を振って払いながら、流花は「そろそろ行こう」と促した。
　男が少女――飯田幸を拉致して立て篭もっているという星ヶ丘カトリック教会へと。

このページにイラストを設定する