カオスワールド・リプレイ｜リアクション

カオスワールド・リプレイ

　熊じみた巨躯の前半身くまなく血色に染めた居酒屋の店員を見ても、毒島柘榴は動じなかった。
「カカッ！　久し振りだな、太一」
　格子戸を締め、大股に歩み寄り、容赦のない強さで太一のごつい肩を掴む。叩く。
「毒島さん……」
「元気にしてたか？」
　白髪交じりの結い上げた髪を揺らす強面の男に覗き込まれ、睨みつけるような鋭い眼光に見据えられ、けれど太一は安堵の息を零した。
「あんまり根詰めてもいけねェぞ？」
　ほら、と柘榴は『薬局　アネモネ』の文字が入った紙袋を太一の血塗れの手に押し付ける。
「うち特製の栄養ドリンクでも飲め、気休めでも効果は保証するぜ？」
「ありがとうございます。懐かしいです、『天魔殺し』の差し入れ」
「それこそ懐かしい通り名だ」
　旧市街で薬局を営む、過去には『天魔殺し』と呼ばれ恐れられた、現在活動自粛中の幹部の一人からの差し入れに、太一は丁寧に頭を下げた。
「みなさん、元気にされていますか」
「おう、妻も娘も元気にやってる。腹の子ももうすぐだ」
「それは良かった。母もきっと喜びます」
「あの人は若気の至りで馬鹿やって粛清されかけた俺を助けてくれた人だ」
　泣く子も黙る強面の薬剤師の不器用な笑みに父親としての眼差しを見て取り、太一はどこか泣き出しそうな笑みを浮かべた。
「俺が家族持てたのも花枝さんのお陰だ」
　柘榴の妻は、悪魔だ。
　悪魔と恋に落ち結婚を考え、思い詰めに思い詰めた挙句に上役である花枝に打ち明けて、――ともすれば、『機関』を己の手で潰すことすら考えていた柘榴に、花枝は祝福の言葉を向けた。他のひとには内緒にしましょう、と悪戯っぽく笑い、薬剤師家業に専念しつつの新婚生活の後押しをしてくれた。
(俺は『機関』の異端者だ)
　身内以外の『異界者』に向ける慈悲はないが、身内が悪魔であるということは、忠義に篤い柘榴にとって『機関』構成員として働く枷となった。
(だが、……)　
　頼りになる先輩からの差し入れを一息に飲み干し、仕事に戻ります、と下げた頭を柘榴はペシリと叩く。

「隠すな」
　先輩の一喝を浴びた途端、太一はへなへなとその場に崩れ落ちた。
「毒島先輩ー……」
「情けねェ声出すんじゃねェ」
　へたりこむ太一の傍らにしゃがみこみ、柘榴は眉間に深い皺を刻む。
「本当なんだな？」
　花枝の失踪の真偽を低く問われ、最早隠し立ても出来ず小さく頷く太一を見、柘榴は腹を括る。
「預けてある『オグン』を出せ」
　元より、戦力が居るのであれば力を貸すつもりだった。
　大恩ある彼女のためであれば、彼女との活動自粛の約束を破ることも厭わない。
(力になりてぇ)
「ありがとうございます。最近いい素材が手に入って、『オグン』にもうひとつ別の能力も付与してみたんです」
　見た目は木刀のかたちした柘榴専用のアーティファクト『オグン』が元より持つ、『異界者』の能力を封じただの『ひと』と化させる『封魔』の能力に付け加えたのは、『オグン』の攻撃を受けた者に精神的疲労を感じさせ、攻撃毎に思考力も判断力も奪って行く『精神攻撃』。
　アーティファクトの進化を楽し気に語って後、でも、と渋る太一の頭を柘榴はもう一度叩く。施設の奥に封印している『オグン』を取りに戻らせる。
　以前と変わらず『異界者』たちの血臭を漂わせる施設の入り口に立ち、幹部であった柘榴は、過去に見た施設の培養槽内の『異界者』たちの姿を思い出す。　
(なに、所詮は捕まったあいつ等が弱者だっただけだ)
　『天魔殺し』は冷淡に瞬く。
　弱肉強食はこの世の真理、
(……そうだろ？)
　唇に浮かぶは、『天魔殺し』の二つ名な恥じぬ凶暴な、そして強靭な意志宿した笑み。