堕ちて行けそうな青空に、黒々と大穴が口を開けている。
沈丁花の香が何処からか漂い来る細い路地に己以外の人気のないことを確かめ、
神代 千早はフードを深く被った顔をもたげた。
鼻先までを覆い隠す鬼百合を象った仮面がフードの影に覗く。
――『鬼百合のMASK』。
それはひとには見ること適わぬ空の大穴を、ひいては大穴から時折堕ちてくる天使や悪魔のかたちした『異界者』たちを映す不可思議な道具。
対異界者組織である『機関』に属して間もなく与えられた、『アーティファクト』と呼ばれるその道具を手に入れてよりこの方、千早の意識はほとんど常に空にある。
遥かな空より堕ちてくる異界者たちは、皆どこかしら悲しく、恐ろしく可憐で美しく、――ひとならざる者であるが故に、ひとならざる力を有するが故に、ひとである者にはひどく、奇矯だった。
なればこそ、ひとは天使と悪魔を己たちとは相容れぬものとして恐れ、憎んだ。
いつからか寝子島に生きる彼らを駆逐せんとする組織が構成されたのは、けれど寝子島に『異界者』たちが少なからず根を張ってより後のこと。
『異界者』たちがこの地に堕ちて来る所以を、ひとは、――ともすれば彼ら自身でさえ知らぬ。
望まず天より堕ちて来た彼らを、『機関』は捕縛し、時に滅する。
地に堕ちたひとならざる者たちの行く末に、けれど千早は興味はない。
それと同じほどに、『機関』に属しながらも異界者を寝子島より駆逐せんとする『機関』の理念に興味もない。
あるのは、彼らを眼にして得た閃きをもとに己が如何なる絵が描けるのか、如何なる彫刻が象れるのか、如何なる作品が創造できるのか、それのみ。
仰いだ空の大穴に今は何も見えぬことを確かめ、千早は視線を深く落とす。目深にフードを引き下ろし、コートの裾を揺らして再び大股に歩き始める。
沈丁花の香の路地を抜けた先、ぽつりと佇む古びた小さな居酒屋の前で足を止める。ここ数日暖簾の掛からぬ格子戸には、素っ気なく書かれた『臨時休業』の紙。
冬の色を孕む風に浚われそうにはためく紙には構わず、鍵の掛けられた戸を叩く。応えはない。
貼り紙がされてから半月ほどが経過している。
息子と共に居酒屋を経営する女将が病に倒れたのだという噂が界隈に流れているようだが、真実は違う。
『機関』旧市街支部の幹部である彼女は、半月前のある日、ふらりと星ヶ丘の高級リゾートホテルへと向かった。そこが悪魔の巣窟であることは、寝子島に天使と悪魔が入り込んでいることを知る人々にとっては公然の秘密で、――女将の消息は、そこでぷつりと途絶えた。
暫し迷うて、脇に抱えた紙封筒を見下ろす。中には『鬼百合のMASK』を通して視た『異界者』たちの姿かたちを描いた紙束が入っている。
天より堕ちた彼らの姿を仔細に描き留め、『機関』の組織員たちにその姿を届けることが、『鬼百合のMASK』を所持し続けるための条件。
(……本当は)
出来得るのならば、空を見晴るかすことの出来る場所にずっと居たかった。そうして作品を創り続けていたかった。
息一つ吐き出して踵を返そうとした時、格子戸が開いた。
途端、開いた戸の向こうから血臭塗れの熱気が溢れ、千早は咄嗟に唇を指で押さえる。
「今日は、神代さん」
戸の向こう、陽の差し込まぬ店内の影にその巨躯を翳らせて、表向きは居酒屋の店員を装いながらその実『機関』の幹部である男が朗らかに挨拶をする。
その手に根元から引き千切られた血まみれの天使の翼を引き摺って。
『アーティファクト』製造のための地下施設があると聞いたことのあるものの、幹部以外の立ち入りを禁じられている店の奥から、複数のナニカの呻き声を聞いた気がして、千早は仮面越しの瞳を僅か顰めた。
フードの影に隠れた唇に滲むは、果たして如何なる感情か。
こんにちは。阿瀬 春と申します。
今回は、以前書かせて頂きました天使と悪魔が存在するIFな世界の寝子島の物語の続きをお届けにあがりました。
ダークファンタジーな世界、……に、なっておりますでしょうか。そんな感じの世界観をお楽しみ頂けましたらと思っております。
ガイドには神代 千早さんにご登場いただきました。ありがとうごさいます!
もしご参加頂けます場合は、ガイドはサンプルのようなものですので、どうぞご自由にアクションをお書きください。
天使と悪魔の寝子島
一見フツウの寝子島です。学校も会社もあります。電車もフツウに動いています。
ただ、その裏側にはいつからか天使と悪魔が存在していました。
彼らは時にひとの前に姿を現し、奇跡を起こしたり災厄を成したりしているようです。
寝子島に住む人々
■天使
ひとの眼には見えない『穴』が寝子島の空には昔からありました。その『穴』からは天使や悪魔が時折『堕ちて』来ます。
天上では悪魔とは対立状態にありましたが、地上では各個の考えで行動しているようです。
天使っぽい力が使えます。
■悪魔
空に開いた『穴』から堕ちて来るという『悪魔』。
天上では天使と幾度にも及ぶ戦争も過去にはあったようですが、地上では割と好き勝手に行動しているようです。
悪魔っぽい力が使えます。
■ひと
天使や悪魔の存在を知る人々、彼らと共存しようとする人々、存在さえ知らずに日常生活を送る人々、色々です。
前回よりも少々きな臭くなってはいますが、それでもフツウに、平和に暮らしている人々も多数存在しています。
天使や悪魔を『異界者』として厭い、駆逐しようとしている『機関』と呼ばれる組織が存在しています。
『異界者』に関する噂
■星ヶ丘マリーナを臨む巨大リゾート施設
星ヶ丘の一角を占めるは、世界各地でカジノを擁する高級ホテルやリゾート施設を展開するParadisoグループ経営の高級ホテル。
表向きは高級リゾート施設ですが、その内部は悪魔の巣窟となっている、それどころか経営者が悪魔で夜な夜な参加者の命さえ賭けた残酷なゲームを開催している、という噂すらあります。
■私立寝子島高等学校
表向きはフツウの高校です。悪魔や天使のことを一切知らなかったり、存在を知ってはいても関わったことのない学生たちも大勢通っています。ですが、フツウの裏で暗躍する悪魔がいるとの噂も……。
■九夜山の廃教会
天使像が佇む教会内で祈れば、天から降る不思議な声が聴けるという噂があります。
天上の天使と目される声は、『悪魔を滅せよ』と告げるようです。
『機関』
地上に堕ちて来た天使と悪魔を退治し、寝子島を『ひと』のみの住む地にしようとしている組織です。
天使や悪魔にさえ通用する武器『アーティファクト』を携帯し、時に個別に、時に組織立って天使や悪魔を捕縛したり滅ぼしたりしています。
※今回、天使や悪魔でない『もれいび』のPCさんはろっこんは使えないものとさせてください。
ただ、『機関』に所属している場合、アーティファクトの力を得たとして(その場合、アーティファクトの形を指定してください)、ろっこんと同じ力を使うこともできます。敢えて別の力を使うことも可能です。
■『機関』構成員
黒河 花枝
『機関』幹部の一人。
普段は旧市街の場末の居酒屋の女将をやっています。
裏の顔は『機関』の一員。前回から行方不明となっています。
黒河 太一
花枝の部下。鍛え上げた肉体を使い、アーティファクト『ナックル』で真正面からの殴り合いを得意とします。
彼女なし三十五歳。熊じみたごつい見かけに反して気弱で女性にはとても弱いです。
上司であり母親でもある花枝の行方が知れなくなってから、居酒屋を装いつつその実『機関』支部拠点となっている地下の施設に籠り切りになっています。
今回、居酒屋を訪ねることを選択された場合は、普段立ち入ることの出来ない『機関』地下施設を、――天使や悪魔の身を分解し、『アーティファクト』として再構成させる、幹部以外には知らされていなかった『機関』の血生臭い別の顔を目の当りにすることとなります。
その『別の顔』を是とされる場合、手持ちの『アーティファクト』以外にもうひとつ別の力(ろっこんで言う『進化能力』のようなもの)を手に入れることもできます。
コードネーム『夕』
日暮と共に『機関』に所属した十代前半の少女。着物の懐に忍ばせたアーティファクト『匕首』を自在に使います。
寝子島のあちこちを物珍し気にうろつきつつ、天使や悪魔を見つけ次第、喜々として襲い掛かっていました。が、現在所在不明です。
コードネーム『日暮』
最近『機関』に所属した二十代後半の男。アーティファクト『狐面』に宿る力を使い、『アヤカシ』と呼ばれる付喪神じみた化け物を召喚します。あんまりやる気はなさそうでした。が、『夕』が行方知れずとなって以来、それを『異界者』の仕業と信じ、血眼になって寝子島中を探し回っています。天使や悪魔と顔を合わせ次第、躊躇なく襲い掛かってきます。
※上記構成員との関係性はご自由にご設定ください。幾度も拳交える犬猿の仲、居酒屋の常連、仲間の敵、などなど。
もちろん、『機関』とは一切関わらず、天使・悪魔ライフやひとライフを気ままにまったり楽しむというのも、『機関』の地下施設にはかかわらず、構成員としていつも通りに天使や悪魔と戦う、というのも全然アリです。
アクションでできること
・人々を天使の力で助ける
・悪魔の力で人を困らせて喜びを得る
・衝撃的な事件の後、元々天使だったのが悪魔堕ちし、事件の犯人に復讐する
・悪魔や天使と恋に落ちる
・悪魔と天使が一時的に手を組んで『機関』を退ける
・『機関』構成員として働く
・構成員であったものの、天使や悪魔に対する『機関』の所業を知り、『機関』と対立する
・対立した『機関』構成員と刃を交戦したり『機関』に戻るよう説得したり試みる
・ひとでありながら『機関』に追われた天使を匿う
……等々、天使と悪魔の居るフツウの寝子島、な世界観でできそうなことでしたら何でも大丈夫です。
前回ご参加くださいました方もされませんでした方も、どうぞお気軽にどうぞー!
ご参加、お待ちしております。