練習！勉強！武者修行！？｜リアクション

練習！勉強！武者修行！？

「——誉さん、それ、何をしているんですか？」
　ミルクホールの店内では、エリセイの弟のイリヤ・ジュラヴリョフが、市橋誉の怪しい動きを訝しんでいた。
　カウンターテーブルの上で肘をついた誉が、両の指の腹を合わせて一部だけを動かしていたのだ。もし気づいたら「変な人だな」と思われる程度には独特な行動だが、誉がプロのジャズピアニスト志望と知っているイリヤは、大方の当たりをつけて質問している。

「『指寄せ』って言うんだ。スポーツの練習法でもあるんだが、取り入れるのも良いと先生に聞いた」
　予想通りの答えをもって、誉は改めて始めからやってみせた。
「こうして伸ばした指をぴたりとくっつけて——」
　中指を人差し指側、薬指側へ交互に寄せる運動だ。誉がゆっくり見せてくれるので、イリヤも倣ってトライしている。なんでもない動きに見えるが、実際試すとうまく動かない。
　生まれたての子鹿じゃないが、踏ん張っている筈が小刻みに震えてしまう。
「これ、難しいですね——！」
　イリヤの引きつった声を聞いて、誉は「慣れないとな」と過去の自分を思い出して笑った。
「慣れると独立して動くようになる、そしたら徐々にスピードを上げる」
「本当に？」
　眉を寄せて小首を傾げるイリヤだ。
　初心な反応に誉はくつくつと笑いながら、もう一つの指運動を披露した。指を合わせたまま、一箇所だけ対になる指に触れないようにして、くるくる回すものだ。
「これは知ってるか？　『指回し』」イリヤが首を横に振って、またトライし始める。
「集中してやると時間を忘れるんだ。もっと早くもっと正確に——、って」
「……うーん……」
　動きこそたどたどしかったが、今度はなんとか出来ている。だがイリヤは大体の事柄なら見ただけで熟せる要領の良さを持っている為、珍しく苦戦している自分に納得のいかない顔をしていた。
「やっぱり僕は、誉さんみたいに出来ません」
「ピアノなど楽器演奏の得意不得意に関わらず、上手に出来る人、出来ない人が居るらしい」
「天性って事ですか？」
「『カン』だろ」
　イリヤの言葉が背後から訂正される。図体の割に静か過ぎて二人とも気づかなかったが、いつの間にか日本橋泉が立っていた。イリヤは椅子の上で、そそくさと半身を後ろに向けた。
「ポンチクの散歩に行こうって誘ってたんです。誉さんも一緒に行きませんか？」
　イリヤに答えを返す前に、泉も「こう？」と誉に聞いてきた。見ると泉の指がくるくる器用に回っている。楽器演奏の得手不得手に関わらずと言ったものの、指弾きが得意な泉らしいと誉は納得した。
　しかし簡単にこなされると、感心と同時に対抗心も芽生える。誉は思わず「これはどうだ？」と『指寄せ』を始めた。
　泉はこれも出来るようだ。
「No sweat（楽勝）」と鼻で笑うように見下ろされて、誉はむっと眉を寄せながら、指の動きをスピードアップさせる。ついてこられるか！？　と試す視線に、泉も更に加速し——。
　
「ねえ、まだ？　早く行こうよ」
　知らず知らず熱くなっていた二人は、イリヤのうんざりした声を聞いて我に帰り、耳まで真っ赤になった。
　