練習！勉強！武者修行！？｜リアクション

練習！勉強！武者修行！？

　自分なりの強さを求める高校生が、ここにもまた一人——。
　鎌倉にある楪櫻の祖父の居合道場で、志波武道は己と向き合っていた。
　窓の外の葉擦れの音しかしない空間で、櫻はとその祖父は僅かな変化も見逃さなかった。武道は目を閉じて微動だにしていないが、何かを『考えている』。瞑想の時間においてそれらは余計な意識だ。
「意識が乱れておる」
　静かな声による指摘に、武道はこんな静かな時間になるとすぐ暗い思考を始めてしまう自分に苦笑しそうになり、唇を結び直した。
　

　二人が揃って道場を訪れるきっかけになったのは、つい先日の話しだ。
「櫻ちゃん、ちょい相談なんだけど……、剣、詳しいよな？」
　抜刀術流派の師範を祖父に持ち、自らも学ぶ彼女にとって、聞かれるまでもない話しだ。
　ましてそれが恋人から出た事にきょとんと目を丸くして驚く櫻だったが、武道の真剣な声色で紡がれた言葉に、感じるものがあった。
「頼む、俺に稽古をつけてほしい！」
「指導か。志波の頼みだ、喜んで……と言いたい所だが、私もまだ学ぶ立場だからな……」
　逡巡した末、櫻は武道が求めるものを切っ掛けでも見せられればと、この道場へ誘ったのだ。

「『一振一閃、之正しく戦う技なれど』が、先生（祖父）の口癖にもなっている教えだ」
　こくこくと頷いている武道が言葉をきちんと理解している事を期待しつつ、櫻は正座から立ち上がった。
　剣術では折敷、剣道では蹲踞での礼法が一般的だが、この流派では正座をして丁寧に礼をする。武術に向き合う心掛けの部分を、重んじているのだ。
「では、初心者用に。まずは手の内——、持ち方からだ」
　櫻は薄く微笑んで、すり足で武道の横に立った。
「右手はこう」と片方を見せると、武道が「ええっと？」と付いてくる。続いて左手だ。
「これ、本物の剣だったらもっと重いのかな？」
　早速脇道に逸れた上に、まだ慣れていない武道は緊張も相まって余計な力が入っているようで、数秒もしない内に疲れが見えた。
「力を入れず、握らず、しかし緩まず」
　幾つか思いつくアドバイスをしてみるものの、逆に無駄な混乱を招いてしまう。
　続く型の稽古でも、武道は「ここから出端狙うか？」「この構えだともう片方で手刀を繰り出せば……」とあれこれ考えついた。修行中の身である櫻では指導しきれず、櫻の祖父が、まずは基本が出来てからだと年嵩らしくやんわり頭を抑える事になった。祖父は寝子島で起こる不可思議な事件やろっこんを知らないが、指導者としてのカンで正しい道へ導いてくれている。
　その後ろについてぴよぴよと鳴く雛鳥のような武道を、櫻は自分の幼き日々を思い返したのか微笑ましく見守っていた。

　そんな息を吐き出すタイミングすら難しい真剣な稽古の時間を終えて、武道はようやく肩の荷を下ろすことができた。
「どうだった？」
「凄かった。目力が——」
　武道は稽古についてではなく櫻の祖父の感想を述べるが、櫻も「ああ、分かる」と笑い出した。
「爺さまは昔は強さを只管追い求めた変人だったらしいが、今は物静かな頑固爺でな。声を荒げる事は殆ど無いが、目力で圧力をかけてくる」
「今日一日でよーく分かった！」
　あははと声を立てて笑い出した二人だったが、それが治るといやに静かになった。
　櫻がタイミングを計ったように、そこで口を開いた。
「しかし、どうして急に指導をなんて……？」
「ん……」
　武道は遠くを見つめ、櫻へ真面目な横顔を見せた。
「……最近の事件で、実力不足を痛感したからな……」
「そうか」重い響きに、櫻は頷いて返し、彼と同じ先を見つめた。
　やはり成長したかったのは肉体よりも、精神の面なのだろう。そういう意味では、今日祖父を紹介したのは正解だった。この面において親子以上に年の離れた人物から、得るものは大変大きい。
「想いだけじゃ足りない。考察だけじゃ足りない。運動神経がいいだけじゃ足りない。
　難しいな、フツウを守るのって」
「刀は鏡である、という考え方がある。迷い淀んだ心では切れるものも切れん。
　そして刀は武器だ。迷いのまま振るえば、いずれ己を傷付ける事もあろう。それ故に己の心を鍛える事が重要だ」
「一朝一夕でじゃ無理って事は分かってる。でも、体験したっていう経験はきっと無駄じゃない」
　武道は自分の今までの経験だけでは覆せないものに出会って悩みつつも、何かを掴みたいと一歩前へ踏み出した。
　その一歩を手助けしてくれた恋人へ、今日覚えた『礼』の心をもって頭をさげる。
「お爺さんにも言ったけど、櫻ちゃんにも。
　今日はご指導有難うございました」

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