【４周年記念】異世界ばっひゅーん｜リアクション

【４周年記念】異世界ばっひゅーん

　久しぶりに帰った自宅、パルラ・フラーマに背を向けて獅子島市子が歩き出す。グレーのセーターに破れ目のあるジーンズを穿いて通りに出た。
　行き来する人の声を嫌うように首に掛けていたヘッドフォンを装着する。軽快な音が外に漏れ出した。眼鏡の奥の目はどこか暗い。
　ある店の前に差し掛かる。自然と目が流れた。
　――なんか新譜があるかもしんねーけど、どうでもいいか。
　薄い笑みで道なりに歩いた。少し速度が落ちる。目に付いた路地の暗がりに猫がいた。
――テオじゃねーのな。
　猫も市子を見ていた。徐に欠伸をして前脚で首筋を掻き始める。気が済んだのか。くるりと背を向けて歩いていく。
　――オメーはあたしか。
　市子はヘッドフォンを首に引っ掛ける。ふらりと別の道へと入った。

　前のめりになった。緩やかに身体が回る。三つ編みが風に吹き上げられた。

「――ってオイ！？　どーすんだコレ」
　頭を下にした四つん這いで落ちていく。幸いなことに地面は見えなかった。適当に手足を動かしてみる。体勢や見る方向を変えることができた。
「落ちてるコトに変わりねーし」
　不満そうな顔で成り行きに任せた。
　――しょーがねーから、辺りを眺めてっかな。
　空中で胡坐を掻いて好き勝手に振る舞った。
　ずれてきた眼鏡の中央を押し上げる。遠くの方に巨大な猫が見える。
「アレは……着ぐるみ、みてーだな」
　猫の着ぐるみの腹部には二人の女性がしがみ付いていた。その一人が夢宮瑠奈であった。無邪気な横顔が見て取れる。
「アイドルのせれねまで来てんじゃん」
　遠ざかる猫の着ぐるみに、バイバイ、と呟く。
　――じゃー、アイツらもどっかにいんのかな。
　方々に目を向ける。視線が斜め下で固定された。黄色い風船が身を寄せ合っている。ゆっくりと浮上して藍色の甚平を着た骨削瓢が姿を現した。皮肉屋っぽい笑みを貼り付かせていた。
「おや、お一人様ですかい？」
「テメーも一人じゃねーか」
「ま、そうですがねぇ。お一人様には用事が無いんで。出会ったばかりでなんですが、あっしはお先に失礼しますよぃ」
　器用に風船を操って瓢は更なる高みへと上昇していった。
「ヘンなヤツまで混ざってんのな」
　市子は他へと目を移す。ゆるゆると吹き上げてくる風に身体が自然に揺れる。とろんとした目になり、欠伸が出た。
「なーんか、ハンモックに揺られてるみてーな感じだね」
　目尻に溜まった涙を人差し指で弾き飛ばす。
　その時、雲の上で寝ている三人組を目にした。上から眺めると見事な川の字になっていた。
「左端で丸まってんのは日暮。んで、真ん中のちっちぇえのは誰だ？」
　目は右端で止まった。桃川圭花が仰向けで眠っている。
　――かわいらしい寝顔しちゃって、もう。
　市子は圭花の姿を視界に収める。眠る恋人の頭を膝の上に乗せて見守る、そんな包み込むような優しさで見詰めていた。