Good Morning and Good Day｜リアクション

Good Morning and Good Day

●人形と暮らす君
　御剣刀の生活習慣について語るのは、少しばかり難しい。
　なぜなら彼の……。
「おはよう、ルヴィア」
　ベッドサイドの椅子に腰掛けて眠る黒髪の人形について、触れなければならないからだ。
　ルヴィア。
　正しくは〈宝石人形〉、紅玉ルヴィア。
「――」
　呪いの人形である。

「――」
「早く起きたから先に止めたんだ。別に目覚まし時計が壊れたわけじゃないぞ」
　健康的な生活サイクルを送る彼である。寝覚めも良いようだ。
　特に自慢するでもなく言う刀に、ルヴィアは無表情のままじっと虚空を見つめていた。
　ご覧の通りと言うべきか、ルヴィアは人形である。
　一度は動き、語り、振る舞い、そしてやがて動かなくなった、人形である。彼女が刀の家で暮らすまでの経緯については詳しく語ったお話があるのでそちらをご覧頂くとして……。
「冷蔵庫の中に何かあったか？　昨日の残りがご飯しかないんだよ」
「――」
　無碍に黙るルヴィアに苦笑して、刀は冷蔵庫を開いた。
　卵に鮭に納豆のパック。豆腐に味噌もある。ちょっと手はかかるが朝ご飯には苦労しないラインナップだ。
　小鍋で湯を沸かし筒、鰹節や出汁昆布の袋を放り込む。
　手のひらの上でサクサクと豆腐や油揚げを切ってから、出汁袋と入れ替えるように鍋へ。
　この時点でふんわりといい香りが漂ってくる。
　煮詰めてもよろしくないので、丁度いいところで味噌をときいれた。
　火を止めて、今度は目玉焼きだ。
　なんだかんだで質素な暮らしぶりをする彼らしく、フライパンもシンプルなものだ。とっての取れるやつだの焦げ付かないやつだのは、彼に必要ない。
　技術と注意力さえあれば焦げ付かないという、人力テフロンが彼にはあるのだ。
　とまあ細かい話はさておき、冷蔵庫から出した鮭と目玉焼きをそれぞれ焼き上げる。
　鮭を皮の方から多めの油でキッチリ焼くのは、皮まで食べるための工夫だ。
　なんやかんやでご飯も温め直し、木のお盆に盛りつけて部屋へと持って行く。
　すると、『早くしなさい』とばかりにルヴィアがテーブルの向かいに座っていた。
　当たり前といえば当たり前だが、人形に内臓器官はない。当然ご飯は食べないわけだが、これも習慣のひとつというものである。
　お盆ごとテーブルに置いて、手を合わせ……かけて、オレンジジュースの存在に気づいた。
「悪い。今日はオレンジジュースでいいか？」
「――」
　そう言ってルヴィアの前にオレンジジュースを置くが、喜んでいるのかいないのか、よく分からない反応だった。
「それじゃあ、いただきます！」

　それから暫く、刀はルヴィアに昨日のことや今日の予定を語って聞かせながら食事の時間を楽しんだ。
　事情を知らぬ者からすれば驚くような光景だが、彼なりに意味のある行為であり、時間だった。
「そろそろ時間だ」
　竹刀袋を手にとって、ドアノブに手をかける。
「じゃあ、ルヴィア。行ってくる」
『行ってらっしゃい』
　明らかな幻聴だったが。
　刀にはそれが、希望のように思えた。

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