Good Morning and Good Day｜リアクション

Good Morning and Good Day

●目元の困りごとには浅葱眼鏡店へ
　商店街の一角に居を構える浅葱あやめの眼鏡店は、いつもゆっくりと朝を迎える。
　早朝から眼鏡を欲する人も少ない世の中である。開店準備も含めて余裕があるものだが、今日に限っては違った。
　カーテンの隙間から差し込む光がベッドのシーツに長いラインを作り、分厚い布団がゆっくりと起き上がる。
　ドアブザーの音がスマートホンから聞こえるからだ。
　寝起き最高とは言いがたい彼ではあっても、これが聞こえた時だけは飛び起きる。
　スマートホンを手に取り、通話モードに。
　喉を整えて、一拍。
「はい、浅葱眼鏡店です」
　玄関のインターホンとつながったアプリケーションが立ち上がり、困った様子のサラリーマンが申し訳なさそうに語りかけてくる。
　着替えながら歩く。こんな時間に客が来たなら、待たせたくは無い。
　早朝眼鏡屋の門を叩くなど、よほどのことである。
「……眼鏡を？　そうですか、踏んで壊してしまったと……」
　『すぐに参ります』と言って通話を切ると、素早く仕事着に切り替える。ちゃんとした着方ではないが、最低限の身だしなみは必要だ。髪も寝癖直しスプレーで素早く直し、顔もぬぐう。
　鏡を一瞥。これでよし。
　早朝なので家族を起こしてしまわないようにと静かに裏口まで行き、客を出迎えた。
「いらっしゃいませ。まずは中にお入りください……」

　サラリーマンの出してきた眼鏡は、なるほど強く力を加えたために歪んでしまったようだ。
　相手はこんな早朝に申し訳ないと言うが、あやめにとってそれは些細なことだ。
　今目の前で、大事な『眼』が歪んでいる。
「いいえ、よく見えない中、不安だったでしょう。……すぐに直しますので」
　眼鏡というものは元来繊細なものだ。時代が時代なら盲目と同じ扱いになってしまうような人に装着し、健常者と全く同等の生活をさせるアイテムである。
「クリングスが……鼻当ての部分が折れかかっています。交換、されますか？」
　そう言いながらもストックしてあるパーツを取り出し、既に熱を通している。
　了承を得るやいなや、パーツを交換。相手の顔を一度ちらりと確認してから、フレームを手先の感覚だけで直していく。
「……いかがでしょう」
　返した眼鏡をかけて、サラリーマンの男性は深く安堵したようだ。
　時間がかかることを覚悟したらしいが、この後の仕事にも差し支えないどころか随分と余裕のあるタイムだ。
　深く感謝して出て行く男を見送って、あやめは深く息をついた。
　眼鏡というものが当たり前になりきった現代。眼鏡屋の存在意義は昔に比べて確かに狭まった。
　しかしその一方で、身体の一部を任せられる相手として深い信頼でつながっているのもまた事実。そういった相手ほど、あやめのような職人を重宝するものだ。
「……」
　しかし困りごとがひとつ。
　寝起きで一仕事終えてしまった分、頭がさえている。
　二度寝するにはよろしくない。開店まで時間はある。
　さて、何をしようか。

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