R&R Agency：File03：１９９９年からの使者２｜リアクション

R&R Agency：File03：１９９９年からの使者２

● 二日目夕刻：蝶と猫

（蝶とは言え、能力周知されてるかもだし、室内では変な存在ですよね）
　できる限り小さくて地味な白い蝶に変じた梢は、廊下を映す監視カメラを警戒して、天井近くを滑るように飛びながら建物内の様子を見て回った。
　部屋を出て右手に下の階へゆく階段がある。左手には重苦しい黒の扉。扉は誰かが開けてくれないと通れないので、梢は右の階段へ向かった。踊り場に窓があるのを確認し、１階に下りる。
　１階に着くと、正面に伸びる広い通路と、左手に折れる細い通路があった。広い通路の方からは哀歌めいた歌声が聞こえた。この先は礼拝堂なのだろう。梢は左手の細い通路の方を選んだ。簡素な扉があり、偶然にも薄く開いていた。梢はその隙間に羽根を滑り込ませる。
　事務所兼管理室のようだった。監視人がひとり、煙草をふかしながらおざなりに監視カメラを見ている。映像のひとつに、亮が大写しになっていた。監視人が動かないところを見ると、自分の不在は気づかれていないのであろう。
　監視人の背後の壁には木製の鍵掛けがあり、ずらりと鍵が下がっていた。鍵の上に部屋番号や用途が書かれたプレートがあったことに梢は感謝した。梢は、監禁されている二階の部屋と車のカギを探し出すと＜胡蝶の詩＞で自分と同じ白い蝶に変えた。
（ナンバー５やカナン様とやらはどこにいるんですかねー）
　梢は監視人の背中越しに監視カメラの映像を見つめた。すると、次々切り替わる格子状の画面の中に、３階の映像がないことに気づいた。
（秘密は上の階に、ってことですか。あとは信者の服と、押収された物を見つけたいですね）
　押収品の方が先に見つかった。部屋の隅に積まれた木箱の中に投げ込まれていたのだ。全部蝶に変えたらさすがに異様な蝶の群れとして見つかったときに不審がられそうだったので、梢は最低限の武器のみを蝶に変えた。
　信者たちが着ている黒い服は、部屋を出てつきあたりの部屋にあった。そこは無人の衣装室だった。同じ黒い服がサイズ違いで何十着もずらり並んでいる。これなら、いくつかなくなってもすぐには気づかれないだろう。梢はこれも蝶に変えると２階に戻り、皆が閉じ込められている部屋の前でろっこんを解いた。監視カメラに映ったってもう構わない。
「誰かが駆けつけてくるまでの間に脱出すればいいんです！」
　鍵を開ける。仲間たちが次々に飛び出してきて、武器と黒い滅亡教徒の衣装を受け取る。
「衣装羽織って、踊り場の窓から飛び降りて！　ガレージは裏手。車のキーはこれです！」
　梢はロベルトにキーを投げる。キャッチしたロベルトは、皆を率いて走り出す。
　だが、桜庭円とトワ・E・ライトフェロゥはロベルトに続かなかった。
「ナンバー５やカナンに聞きたいことがあるんだ」
「そういうと思ってました。ナンバー５は上の階です。私も行きます。今この場所を一番知ってるのは、私ですし乗りかかった船ですから……っと」
　力強く胸を叩こうとした梢だったが、意志に反して膝が崩れた。
　まだ部屋の中にいた雪月が梢を支える。
　雪月は何かあったときに治癒できるように円やトワをこの部屋で待とうとしていたのだ。
「大丈夫……？」
「ええ。でも、力を使いすぎたかもしれません」
　それを見たトワは毅然と言った。
「コズエとユヅキはロベルトと行って。私たちもすぐに追くから」
　足音がする。滅亡教徒が駆けつけてきたのだ。
　雪月は梢に肩を貸すと、何度も振り返りながら走り出した。
　トワが叫んだ。
「いざとなったら待っていないで出発して。無事脱出して皆に会えたら、も一度助けに来てもらうかピラミッドで会いましょ。さ、行って！　早く早く！」
　曖浜瑠樹だけが最後まで残った。
「オレも行くよぉ。カナン様を和ませたいんだぁ」

　一方。
　猫のタルトは一階に下りたところで梢を見失い、礼拝堂に出てしまったところを礼拝に来ていた猫好きの老婦人信者に見つかって、建物の外に連れ出されていた。猫好きの老婦人は、タルトを抱えたまま迎えの車の後部座席に乗り込んだ。運転するのは息子で、カイロの自宅に戻るようだ。
　タルトは、リアウィンドウ越しに遠ざかる滅亡教の建物を振り返り、にゃーと鳴く。
（どうしよう……って言っても仕方ないよね。おばあさんには悪いけど街に着いたら逃げ出そう。こうなったら他の仲間と合流しなきゃ。……みんな、待っててね）