バレンタインデーなんて知んねーし！｜リアクション

バレンタインデーなんて知んねーし！

　就業の時刻と同時にそそくさと、七峯亨は隣の教室に向かった。
　ところが彼が知ったのは、詠寛美は最後の授業をエスケープして、どこかに消えてしまった、という事実であった。
　――おいおいマジか。
　ごつ、と亨は教室のドアに額を押し当てた。
　さすがというかなんというか、やはり詠寛美、行動が読めない。
　ちょっとした趣向を考えていただけに、なんだか肩すかしを食らったような気がした。
　ラッピングしたプレゼントはどうしたものだろう。
　ところが背後から耳慣れた声を聞き、ぎょっとして亨は振り向くことになったのである。
「おいコラ七峯！」
　なんと、それは寛美であった。よく日に焼けた肌、太めの眉、ちょっと猫を思わせる綺麗な瞳。
「なんでテメー自分の教室にいねーんだよ。探したじゃねーか！」
　両方の腰に手を当てて仁王立ちしている。
　はは……と亨は苦笑いした。本当に、行動が読めない。
　だが亨はすぐに、普段の爽やかな笑みを浮かべている。
「よ、まだ寒ィな」

「まったくだ。ところで……ツラ貸せ」
　ここじゃ話しにくいから、となぜか早口で述べると、亨の返答など一秒も待たずに寛美はどんどん歩き出したのである。
　こうして寛美は、いささか強引に亨を校舎裏に連れ出した。そうして、なにやら取り出すと、ぐいと差し出したのである。
「ほら、これ」
　煮豆、正確に言えば茶福豆、の瓶詰め。甘いやつだ。
　それを右の掌に乗せ、「もらってくれ」と寛美は告げたのだった。
　午後の陽射しを浴びてきらっと光る瓶、その光沢は夢見るような輝きを放っている。といっても、お豆さんの入った瓶という事実にはいささかの揺るぎもないのだが。
　寛美はなぜかそっぽを向いていた。まさか、照れているのだろうか。
　それにしてもなぜ煮豆……？
「なんだ？　田舎から送ってきた、とか」
「馬鹿。んなわけねーだろ！　買ったんだよこれでも。お前とは色々あったからな……まあ、礼だ」
　もしかしたらこれが、彼女なりのバレンタインの贈り物なのだろうか。とすると一日早いのも、『俺はバレンタインとかには乗らねーぞ！』という、寛美らしいメッセージなのだという気もする。
「おう、サンキュ。ありがたくいただく」
　素直に感謝して、「実は俺からも渡すものがある」と亨は、寛美の両手に包みを押しつけるようにして渡した。
「なんだ！？」
「まあ開けてみろって」
　それはスウェットスーツだった。
「お互いチョコ色なのにこれじゃ余寒見舞だな？」
　はは、と亨は笑った。
　そう、スウェットはダークブラウンだったのである。スポーツブランドのロゴが入っている。
「こ、こんなのもらう理由がねーだろ！」
　突き返そうとする寛美の頬が、赤くなっているのを亨は知った。だからニヤニヤして告げるのである。
「しかし返されてもな……俺に着ろと……？　サイズが……」
「馬鹿！　か、彼女さんとやらにあげればいいだろうが……！」
「それでもやっぱりサイズが合わん気がする」
「もしかしてテメェ、遠回しに『胸ちっちゃい』って言ってないか？」
「誤解だ誤解！　というかよっちゃん、そろそろ『ありがとう』くらい言ったらどうかな？」
　すると寛美はまたまた極端なまでに目をそらせて、
「あー……あー、ありが……とお」
　と、日本語のできない海外タレントが、バラエティー番組で無理矢理あいさつしているようなぎこちない口調で言っったのだった。
　寛美の両腕は、スウェットの入った袋を抱きしめるようにしていた。