バレンタインデーなんて知んねーし！｜リアクション

バレンタインデーなんて知んねーし！

　バレンタインデーが土曜日と言うことは……！
　つまり、その前日は十三日の金曜日なのだった！　ギャー！
　――バレンタインデイの前日だというのに何この不吉な日は……！
　羽生碧南は朝から、固めるのに失敗して半溶けのままのチョコのごとく不穏ななものを感じていたが……幸い、特になにも悪いことは起こらなかった。少なくとも、バスケ部の朝練が終わるまでは。むしろ今日は面白いようにシュート練習も決まり、いい汗をかけて気分爽快なくらいだ。

　いや、朝練が終わるタイミングこそが恐ろしい。
　むうう、とぬいぐるみのクマちゃんみたいな表情で、碧南はボールをひろって籠にしまい、体育倉庫の重い扉を押して閉じる。
　女子バスケ部には、碧南にとって大変ありがたくない妙な伝統ができつつあった。
　ハロウィン、寝子祭り、そしてこの前のマラソン大会……いずれも碧南は、部員たちの『たっての願い』で、露出度の高い衣装を着せられたのである。すらりとした長身、脚の長いモデル体型の彼女には、たしかにそんな衣装もよく似合った。最初は嫌がっていた碧南が、とうとう根負けして衣装に身を包み、部員たちがキャアキャア喜ぶという図式が、これまで三度、きっちりと三度繰り広げられたのだった。
　二度あることは三度あるわけで、三度あれば四度目があってもおかしくはない。
　今度もかなりきわどいのを着させられる気がする、今度は何を……と碧南は不安になっている。このごろ特に寒いので、薄い服は本当に勘弁してほしいのだが。
　ところが、
「じゃあ明日」
「授業までまだ間があるね。バーイ」
　といった感じで、女バス部員たちは三々五々、体育館を後にしたのであった。衣装のお披露目（？）なしで。
「え……あ、じゃあまた」
　彼女らを見送りながら、ぽつんと碧南は立ち尽くしている。
　なんだか拍子抜けした気分だ。
　みんな現役乙女たち、やはりバレンタインというイベントには、自分の計画のほうで手一杯のようだ。なんだかほっとしたような、寂しいような……いやいやいや！
　――ちょっと最近の私おかしいなー。もう……。
　そう、明日はバレンタインなのだ。そっちに集中しよう。
　大問題だ。なぜなら碧南には、チョコを配る相手が多すぎるから。
　もちろん友チョコはきっちりたくさん用意している。義理チョコだって、ざらっと一袋分はあると思う。（いずれもニャロルチョコのバレンタイン詰め合わせだが）
　本命？　それこそが大問題である！
　――贈る相手が多すぎて困りまくりだからねっ！
　ふん、と碧南は鼻息荒く考える。まあ本命といっても、乙女ゲームの中のキャラに対して、だけども。（ゲーム中でもちゃんとチョコ贈呈イベントがあるから）
　などと考えていたら着替えるのが遅れた。まだ時間もあるし、と碧南はロッカールームに入ってシャワーを浴びた。
　熱い湯の感覚が気持ちいい。
　時間があるから髪も洗ってしまおう。シャンプーをかけながらなんとなく、碧南は鷹取洋二のことを考えた。特に理由はない。くりかえすが、なんとなくだ。
　そういえば鷹取先輩は駄菓子とか好きだったっけ――。
　彼は自分を『駄菓子ソムリエ』だとか言っていた気もする。「はっはっは」と笑う洋二に、「アメちゃんをあげよう」と大阪のオバチャンみたいなプレゼントをされたことも一度や二度ではない。
　――やっぱり、先輩にチョコを贈るとしたらやはり駄菓子系がいいかも。
　学校帰りに駄菓子屋でいくつかチョコ菓子を買って、詰め合わせでも作ろうかなと碧南は思う。
　うん、そうしよう。

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