バレンタインデーなんて知んねーし！｜リアクション

バレンタインデーなんて知んねーし！

　時代がかった口調の彼女は、名を九鬼姫というのだそうだ。戦国時代の生まれで、タイムスリップやらなにやらで現代のキャバクラで働いていると自称した。そういう『設定』のペルソナを演じているだけの人なのだと思うが、あまりに話がぶっ飛びすぎているので逆に本当のことなのかもしれない。
　本当に日本茶が出て、チョコをつまみながら都府楼暦は九鬼姫と話している。
「なるほど、今日は特別キャンペーンというわけですね」
「店長も色々と考えるものよ。一応バイト代も出るがサイテーチンギンとかいう雀の涙ぞ、ほとんど奉仕活動になるが、まあ、つきあってやっておる」
　それにしても九鬼姫の、接客業とは思えないこの言葉使い……どちらが客なのかわからない。
　途中で見てきた光景を思い返して暦は尋ねる。
「お店の方は、外でチョコを配ってる方たちと、お店でお話とかされてる方たちで全員ですか？」
　まさに百花繚乱、たくさんのきれいどころがにこやかに笑みつつチョコレートを配っているのだ。春が一足先にやってきたような気分であった。
「うむ。ひとり、物好きの文具店員が混じって手伝っておるが」
「結構、店員さん多いんですね」
「この業界では少ないほうじゃよ、これでも」
「九鬼姫さん、戦国時代の人なのに業界に詳しいんですね」
「……と、同僚に聞いた」
「なるほど」
　尊大ながら九鬼姫は、ぽんぽんと言葉を返してくれるので嫌な印象はない。そういうキャラだと思ってみれば、その尊大っぷりが可愛いとすら思える。
「ところでそち、都府楼と言ったの？　趣味など教えるがよいぞ」
「ん？　趣味ですか？　先程やってたような生物観察とか、そのスケッチとかでしょうか。あと、植物とかキノコ栽培とか」
「ほう。植物とな」
「これでも、ギフトで頂いたりホムセンで売れ残ってた洋蘭を、次の年以降も咲かせたりできるんです」
「それは佳いのう。わらわも日中は暇なので朝顔を育ててみたことがあるが、寝坊ゆえ枯らしてしまっての……このごろはもっぱらサボテンじゃ。あれは楽じゃからな」
　次の夏は紫陽花を育ててみたい、コツはあるのかのう、などと九鬼姫は聞いてきた。
「アジサイは結構難しいんですよね。水分調節が必要ですし、切り戻しといって、伸びすぎた枝や茎を切り取って、株を短くする作業もやったほうがいいです」
「う。自信がなくなってきた……他にするかのぅ。ところで、それは描いた画か？」
　九鬼姫が指したのは、テーブルに置かれた暦のスケッチブックだった。姫は見たいと言った。
「お見せできる出来ではありませんが……」
　はらりと真ん中のほうをめくってみせて、すぐに暦は大変なことに気がついたのだ。
「しまった！　これは……！」
　虫や花のスケッチではなかった。たまたまそのページは、ふたりの美少年が官能的な視線を交わしている場面の素描だったのである。暦が先日、雪遊びの折に見かけた姿だった。たんなる日常の一瞬も、暦の目を通せば悩ましく艶めかしい、薔薇が咲き乱れるような映像へと変貌を遂げるのだ。
「おお、これは……わらわもわからんではないが……あやつのほうが得意じゃのう」
　おーい、と九鬼姫が立って手を振ると、
「なになにー！？」
　と、高校生、いや、下手をすると中学生くらいに見える少女が走ってきた。胸を強調したメイドみたいなドレスを着ている。彼女はまみ子と名乗った。
「まみちゃんの専門分野の話ね～星」
　目に星を浮かべて、まみ子はスケッチブックをのぞき込んだ。そしてしばらく黙って眺めていたが、
「はうぅ」
　と桃色の溜息を浮かべたのである。
「いいじゃない……この子たち。ペン入れしたところが見てみたいなぁー。あなたが描いたの？」
「そこのおねーさん。こういうベーコンレタス的なのお好みですか？」
「いけるいける。むしろ主食！　まみちゃんねぇ、日中は自分でも描いたり、即売会で売ったりしてるんだもん♪」
　それにしてもまみ子は本当に幼く見える。本当にキャバ嬢なのだろうか。青少年条例とかに抵触しないのだろうか――という気もしてきた（※）が、そんなことより、今は話が合う人に出会えたことを暦は喜ぶのだった。
「でしたら、今度私と、乗算について語り明かしませんか？」
「するするー！　まみちゃんはちょっと、その方面の話をすると長いよー。最近はこの子（九鬼姫）も引っ張り込もうとしているところで……」
　といったわけで、また、暦には奇妙な観察対象が増えた模様である。
　
　※もちろん越えているのでご安心あれ。表向き隠しているが、ご存じの通り実は喫煙者だったりもする。

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