冥界行き魔行列車の旅｜リアクション

冥界行き魔行列車の旅

【残響】

　蒼くぼんやりと、灯るような光を帯びた死者たち。窓の外に見えるという、縁の深い故人の姿。冥界行き魔行列車。
　そんな言葉を聞くに、深倉理紗子がこの状況へ導き出すことのできる答えはもはや、ひとつしかありません。
「ううっ……！　わたし、今度こそ過労死しちゃったんだわ……」
「……いや、あんたまだ生きてるじゃん」
　ボックスシートに同席する、蒼く光る青年が呆れたように言いました。どうやら、死んでしまったわけでは無いようです。

「俺はね、むかーしむかし、ガキの頃死んじまった、兄貴に会いにいくところなんだよ」
　少し落ち着くと、そんな風に言った明るい青年がとうにこの世の者ではないことが、理紗子にも分かってきました。周囲にいくつか、見知ったような寝子島の人々の顔が無ければ、いつまでもヘタレな彼女のこと。そんな状況には、落ち着いてなんていられなかったことでしょう。
「えっと……お兄さんに？」
「そ。俺も、何でこんな列車に乗ってんのか、いまいち分かんないけどさ。待っててくれてる、ってのは何となく、分かるんだ」
　死者の青年は、自分が死んでしまったことに気付いていないようです。教えてあげるべきかな……と理紗子は少し迷ったものの、やめておきました。どんな言葉で伝えればいいのか、分からなかったので。
「で、あんたは？　誰か、会いたい人とかいんの？」
　青年と少しばかり他愛のない会話を交わした後、ふと、そう問われて……理紗子にも、真っ先に思い浮かぶ顔がありました。
「……わたしは……」
　淡く、やわらかな灯りを宿した提灯がいくつも、窓の外を流れていきます。

　姉はいつだって、理紗子の一歩先を歩んでいたように思います。勝気で、時に厳しく叱咤して、導いて。優しくて、時に静かに話を聞き、慰めて。理紗子にとって姉の紗智子は、常に模範であり目標であり、追いつくことのできない存在でした。
（もう……５年になるんだね。お姉ちゃん……）
　彼女が急性くも膜下出血で、唐突に目の前から去ってしまうまでは。
　最後に交わした言葉を、今でも覚えています。理紗子を案じた、姉の愛情を。そのわずか数時間後に、黙したまま何も語ってくれない姉にすがりつき泣いた、あの暗く重たい絶望も。
　理紗子は今、２８歳。去年の誕生日に、とうとう、姉の年齢を越えてしまったというのに。
（なのに、わたし……ずっと、泣き虫のまま。ううん、あの頃より酷くなってるかも……）
　いくつもの思い出の中、姉は快活に笑い、目を細めて理紗子を見つめています。そんな記憶に残る光景と、いつしか窓の外のおぼろげな提灯の明かりが入り混じり始め、理紗子はどこかぼうっとしてしまって。
　危うく、気付かずに通り過ぎてしまうところでした。
「……お」
　目を見開いて。その一瞬を、理紗子の瞳は無意識のうち、焼き付けようとしたのかもしれません。
「お姉ちゃん……！」
　見間違えようもありません。ほっそりとして、それでいて気が強くて、どこまでも優しくて……大好きだった、姉が。
　窓の外。手を振って、穏やかに微笑んでいて。
「…………！！」
　それはすぐにも滲んで、通り過ぎて見えなくなってしまいました。理紗子はしばらくの間、両の瞳から止めどなく熱い雫がこぼれて、嗚咽が漏れて身体が震えてしまうのを、止めることができませんでした。

　鼻を鳴らした理紗子が、少しずつ落ち着いてきた頃。列車はどこか田舎町の片隅にあるような、無人の寂れた駅へと停車し、
「そんじゃ俺、行くわ。あんがとお姉さん、話聞いてくれて」
　青年は蒼くたゆたう光を纏いながら、そう言って席を立ちました。
　理紗子は目元を手の甲で拭うと、ひどく苦労をしながらもうっすらと、笑みを頬へと貼り付けて、
「……ええ。こちらこそ、ありがとう。お兄さんと仲良くね」
「ああ……」
　青年は、死んでいるとは思えないほどに明るく、
「あんたもね」
　片目をつぶって、そう言いました。
　今も理紗子は、泣き虫に違いありません。けれど、何も変わっていないというわけでも無いのです。
（……ふふ。ダメだなぁ、わたし。お姉ちゃんが、見守ってくれてるっていうのに……）
　あの時に見た姿、語ったこと。あれが本当であったのかは、理紗子には分かりません。
　ただ、ひとつだけ間違いようがないのは、姉の言葉がいつだって、理紗子の中に息づいているということ。
　走り出した列車の窓の外、淡く蒼い光を帯びた小さな少年がふたり、手を繋いで踏切の向こうへ歩み去っていくのを、理紗子は微笑みながらに見送りました。

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冥界行き魔行列車の旅

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