遠く。夕焼けとも朝焼けともつかない、どこか曖昧で胸を締め付けるような銀色の空へと、緩く静かな風に乗って、汽笛の音が走り抜けていきました。
『まもなく、列車が参ります。白線の内側まで下がって、お待ちください。
まもなく、列車が参ります。白線の内側まで下がって、お待ちください……』
「……なんでしょうね、これ?」
まるであの空のように、
十文字 若菜の頭もまた少しぼんやりとかすんで、記憶は曖昧。
すう、と目を細めた
日向 透も、自分がいつの間に駅のプラットホームへ立っていたのか、その境目には覚えがありません。
「さぁ。またいつものように、奇妙なことへ巻き込まれてしまったようですが……」
まばらな雑木林の真ん中を横切る線路の脇に、ぽつんとたたずむ無人の駅。かたかた、足元に伝わるかすかな震動と、スピーカーが無機質な声で繰り返し垂れ流す声が、間もなくの列車の到来を告げています。
気付くとまわりには、若菜や透と同じように、まどろみめいた記憶の空白の後にここへ立っていたらしい、ぽかんとした人々の顔がいくつもありました。
少し肌寒く、りんと澄んだ空気にきらきらと、星の瞬くように虹色の光を返す、小さな小さな氷晶たち。
「……これは、これは。皆さんも、
魔行列車へ乗車されるのですかな? ヒョッヒョッヒョ」
「げェッ、てめェらは!?」
声をかけてきたのは、燕尾服を身に着けた、小奇麗な印象の小さな老人。それに隣では、粗野でいかつい印象の屈強な身体を持つ青年が、バツの悪い顔を浮かべています。どちらの背中にも一対の翼があり、若菜も透も、その場に顔を揃えた人々の幾人かにも、その顔には見覚えがありました。
「おや。おじいさん、あなたは確か、
魔界でお会いした……
ペッテン・シーさん。でしたか?」
「あーっ! あなた、悪魔の……あの時戦った、
カンシャック!!」
ここは魔界や天界、それに多くの世界を巡る狭間をたゆたう、おぼろげで不確かな世界。
冥界。そんな場所であるのだと、老悪魔は告げました。
「ヒョッヒョ。カンシャック、今日くらいは暴れないようお願いしますよ?」
「分かってらァ、ジジィ。こいつら見てッとムカッ腹が立つが、今日くれェはな……んで? てめェらは一体、何だってここにいやがる?」
魔界での戦いで敗北を喫した悪魔たちは、あの時と比べいくらか柔らかく見える態度で、そんな風に尋ねます。何と答えていいか分からず、若菜は首を傾げながら、逆に彼らへ、
「魔行列車……って、何? どういうこと?」
「おやおや。知らずにここへ? しかしどうやら、乗車券はお持ちのご様子」
そう言われて手の中を見ると、そこには確かに一枚の紙があり、『寝子島 → 冥界』などといった文字と、今日の日付が印刷されています。
「魔行列車のチケットは大変人気でしてね、我々とてこうして乗ることができるのは、数百年に一度というところなのですが……ヒョヒョ。いやいや、あなたがたは運がおよろしいようだ」
「なぜ、それほどに人気なんです? その列車というのは」
社交辞令のような色の無い笑みを浮かべつつ、さして興味も無さそうに、透が尋ねると。屈強な青年悪魔は、ふん、とつまらなさそうに鼻から息を吐きながら、
「まァいろいろだな。冥界じゃ、面白ェモンがいくらでも見られるぜ?
死んだ獣に
死んだ鳥、
死んだ樹、
死んだ乗り物に
死んだ建物……」
「それに、
死んだ悪魔、
死んだ天使、
死んだ人間も。私なぞは、そちらが目当てでしてね」
小柄な老悪魔はちらりと笑みをこぼし、教えてくれました。
「魔行列車に乗る者は、
過去に亡くした親しき者を、窓の外に見ることができると言われているのですよ」
「このジジィはな、何百年ンも昔に死に別れた女をよ、ひと目でも見てェのさ。そしてそんな一瞬を求めて、魔行列車に乗りたがる輩はごまんといるってェわけだ」
列車が昏き世界、死者の魂を静かな眠りへ誘うという冥界の深淵を通り過ぎる間、窓の外にちらり、一瞬だけ。かつて失った、代えがたく愛しい人。別れを告げる間もなく旅立ってしまった友人。決着をつけることなく逝った、生涯の宿敵。もう一度会いたいと願った誰かと、再びの短い邂逅を、奇妙な列車は提供してくれるというのです。
「けどよ、ジジィ。冥界といやァ、やっぱ……あれだろ?」
「そうですな。あれですな」
「「あれ?」」
奇妙なことではありました。若菜も、透も、死と近しい冥界などという場所に、何ら用は無かったはずです。けれど気付くと、身を乗り出すようにして尋ねていました。
「冥界の主、
冥王が、
新たな死者を迎え入れるための歌と舞を披露するのですよ。その美しさは筆舌に尽くしがたく、ま、必見といえるでしょうな。ヒョッヒョ!」
儚く、後ろ暗く、だからこそ清廉として美しく……生者をも惹き付けるほどに、冥界とは危険な魅力を擁しているのかもしれません。
『まもなく、列車が参ります。白線の内側まで下がって、お待ちください。
まもなく、列車が参ります。白線の内側まで下がって、お待ちください……』
かたん、かたん。かたん、かたん。線路は揺れて。列車の伸ばすヘッドライトの光条が、影を裂くようにこちらへ近づいてくるのが見えました。
「ふふ……なるほど。面白そうですね?」
透は雲が遠く光を隠した一瞬に、きら、と瞳へかすかな色を灯し。
「……亡くした人を、もう一度……」
若菜は、ちらちらと瞬いては溶けていく氷晶にどこか、通い慣れた教会の透き通るステンドグラスを夢想しました。
墨谷幽です、よろしくお願いいたします~。
ガイドには、十文字 若菜さん、日向 透さんにご登場いただきました。ありがとうございましたー!
(こちらへご参加いただける場合は、ガイドのイメージに関わらず、ご自由にアクションをかけていただいて構いませんので!)
このシナリオの概要
今回の舞台は、死者たちの住む世界『冥界』の中を運行する、『冥界行き魔行列車』。皆さんは知らずのうちにその車内に乗り込んでいたり、駅にぼんやりと立っていた乗客です。なぜだか乗車券は、いつの間にやらすでに持っているようです。
魔行列車は様々な世界から訪れる乗客を乗せて、冥界の真っ只中を突き進みます。
冥界にあるものは全てが死んでいて、生き物のみならず、乗り物や建造物までもが、現世での役割を終えた死物です。そんなものがひしめく冥界の光景は、生者である皆さんにはかえって新鮮なものとして映り、楽しむことができるでしょう。
特に、冥界の深淵にある駅にて、冥王と呼ばれる死人の女王が披露する歌と舞の美しさは格別のものと言われており、魔行列車に乗る者にとって最大の楽しみのひとつともなっています。
また、列車が走行している間、窓の外に、乗客がかつての昔に亡くしてしまった家族、友人、知人などを見ることができます。
見えるのは、すれ違う時のほんの一瞬だけ。けれど多くの乗客は、そのために魔行列車のチケットを求めるほどの価値があると考えているようです。
懐かしい姿を見て、かつて側にあったあの温もりを思い出し、故人への想いを深め、思い出に浸るのも良いでしょう。
なお、冥界のところどころには駅がありますが、これらは死者のためのもので、生きている者が降りることはできません。
ただし、冥界を管理する死神たちは、生者を死者と勘違いしてお迎えしようとすることがあり、魔行列車を利用する乗客たちの悩みの種ともなっているようです。
そこそこに強い死神を相手に、バトルへ挑むのも良いでしょう。
アクションでできること
アクションでは、以下の【1】~【4】の中から、2つ程度までお選びください。
【1】冥界の風景を楽しむ
魔行列車のたどる線路上にはいくつかの停車駅があり、冥界における観光スポットとなっています。
乗客が眺めることができるのは車内の窓を通してとなりますが、各駅には数分間ほど停車するので、ぜひ見物してみてください。
○コープスタウン駅
死者たちの暮らす大きな街の中心にある駅。街並みはどこかヴィクトリア朝時代のイギリスに似ています。
半透明の死者たちが闊歩し、炎を纏った幽霊馬車が走り、街灯には青い灯火が揺れていて、一見賑やか。
けれど街は奇妙なまでに静かで、どこからか聞こえるレコードの音だけが寂しげに響いています。
○墜落ヶ沼駅
駅周辺一帯の湿地に、墜落した無数の飛行機たちが沈んでいる、飛行機の墓場に隣接する駅。
墜落しているのは、ジャンボジェットから戦時中の戦闘機まで様々です。
時折新たな飛行機が落ちて来たり、沈んでいる飛行機がふわりと浮かび上がり、再びどこかへ飛んでいく
光景を見ることができます。
○亡者の林道駅
枯れ木が立ち並ぶ林の中に位置する駅。葉が一枚もない樹々の枝や幹は白く、まるで人の手のような
形に見えます。
林の中を通る波の無い川は透き通った桃色で、燐光を放ちながらほのかに輝いています。
川を下る小舟には渡し守やコープスシティへ向かう死者が乗っており、こちらへ手を振ってくれるかも。
○コープスパレス駅
冥界の主、冥王が住む宮殿コープスパレスに程近い駅。魔行列車が到着すると、冥王自らが駅前の広場へ
出向き、死者たちを出迎えます。
冥王自身も死者でありながら絶世の美女であると言われ、死者たちを歓待するための物悲しい歌声や
静かなダンスは、旅におけるハイライトのひとつです。
そのへんの乗客や、悪魔のペッテンさんに尋ねると、各スポットのうんちくなどを語ってくれるかも。
他、死者たちの世界にありそうなスポット、駅などのアイディアがありましたら、ご自由に指定していただいても構いません。
(※必ず採用されるとは限りません。あらかじめご了承くださいませ)
【2】過去に亡くなった誰かの姿を見る
縁のある故人の姿を、走行中の列車の窓の外に見ることができます。
現れる故人は、その人にとってもっとも印象的な姿で現れます。彼らは状況を把握していることもあれば、良く分からないままぼんやりとそこへ佇んでいることもあるようです。
現れるのは、大切な家族や、友人、ちょっとした知人や、人ではなく可愛がっていたペットなどでも構いません。
見えるのは通り過ぎる、ほんの一瞬だけです。それでも故人へ思いを馳せたり、脳裏に思い出を蘇らせたり、誰かとそれを語り合ったりするのには、きっと十分な時間のはず。
登場する故人について決まった設定がある場合は、名前、続柄や関係性、年齢や性別、セリフのサンプルなど、必要に応じてお書きください。回想シーン等を挿入する場合にも参考にさせていただきます。特に記載が無い部分については、ぼかして描写されます。
【3】死神を阻止するためバトルする
冥界を管理しているのは、冥王の部下である『死神』たちです。彼らは時に、生者を死者として車内から連れ出そうとすることがあります。
死神は宙を自在に浮かんで飛び、壁を通り抜け、列車の中へも容易に入り込んできます。
乗客たちのためにも、強引な死神たちは実力行使で排除してしまいましょう!
魔行列車はただの列車ではなくすこぶる頑丈なので、ちょっとやそっとの衝撃では壊れたり走行不能に陥ったりはしませんので、ご安心を。
車内では戦うのに手狭だという方は、窓の外や車両の連結部にあるハシゴを伝い、屋根の上に登って戦うこともできます。ただし、落っこちないようくれぐれもご注意くださいませ。
なお、とある車両には、寝子島高校の樋口 弥生先生も乗車しています。先生は大鎌を持った死神に斬りつけられ、魂を冥界に強く惹きつけられている状態にあり、放っておくと死神に連れ去られてしまったり、冥界の駅で下車して死者たちの仲間入りをしてしまうかもしれません。
【4】その他
シナリオカラーに沿っていれば、特に上記のどれにも絡まない、別の選択肢でも構いません。
車内には窓の外に故人を見つけて喜ぶ人や悲しみに暮れる人、その瞬間を今かと待ち望んでいる人、また各駅で乗降する死者たちなど、様々な人々がそれぞれの事情を抱えて乗車しています。そんな彼らを眺めたり、話を聞いてみるのも興味深いものかもしれません。登場させたいモブの乗客がいれば、お好きに指定していただいて構いません。
アクションには、上記と合わせて、
・心情
(また神魂か……、冥界とかえっ自分死んじゃったの!?、あの人の顔がまた見られるなんて嬉しいな、などなど)
といったあたりもお書きいただけましたら、参考にさせていただきます。
その他
●参加条件
特にありません。どなたでもご参加いただけます。
●舞台
冥界を走る魔行列車の車両内が舞台となります。列車は古い蒸気機関車のような形をしていますが、走行音は静かで、動力は不明です。何両編成なのか分からないほど、多数の車両を牽引しているようです。
内装はどこか時代がかって、古めかしく見えます。座席には横並びのロングシートと、対面式のボックスシートがあります。車両の中には食堂車や寝台車などもあり、乗客は自由に利用することができます。
窓の外には、冥界の静かで物寂しく、そして美しい風景を見ることができます。
列車は時折、冥界の各駅に停車することがありますが、生者がプラットホームへ自ら降りることはできません。
魔行列車にはふたつの役割があり、1つは『生者と死者の再会の場を提供する』こと。もう1つは、『各世界の死者を冥界へと運ぶ』こと。ただ、あらゆる世界の全ての死者が冥界に集うというわけではなく、車両内で出会う死者が必ずしも冥界の住人というわけでも無いようです。
列車が冥界を通り過ぎると、寝子島住民の皆さまは、自然と島へ帰ります。
●NPC
○大悪魔ペッテン・シー
魔界ではちょっと名の知れた大悪魔。燕尾服をバッチリと着こなし、梟のような翼を持つ、小柄な老人の姿をしています。
賭けごとが好きで、寝子島住民の皆さんが魔界を訪れた際には魂を賭けたギャンブル対決を繰り広げましたが、そのためか皆さんには一目置いているようです。
はるか昔に死に別れた恋人の女悪魔の姿を数百年ぶりに拝むべく、魔行列車に乗っています。
○大悪魔カンシャック
魔界ではそこそこ名の知れた大悪魔。鍛え上げた屈強な肉体と、カラスのような翼を持つ、大柄な青年の姿をしています。
腕自慢でケンカっ早い悪魔ですが、以前に大敗北を喫してひどい目にあってから、少しだけ丸くなったのだとか。
旧知の間柄であるペッテンの護衛として、死神の対処に当たります。
○死者たち
列車にぽつぽつと乗っていたり、冥界に暮らしていたりします。概ね半透明で、全身にうっすらと青い光を帯びています。
自身が死者だと気付いている人もいれば、気付いていない人もいるようです。
○死神
冥界の管理人たちで、真っ黒いローブを着込み、フードを目深にかぶって顔は見えず、足はなく黒い煙か霧のようなものが漂っていて、両手に大鎌を持っています。宙へ浮かんで漂い、壁などを通り抜けることができます。
彼らは会話をしたり、言葉を発することはありません。
死者を冥界へと導く役割を担っていますが、生者の魂を刈り取り強引に死者として冥界へ連れ帰ることもあるそうです。
大鎌は鋭利で、身体にちょっとした傷をつけられるくらいでは何ともないものの、大きな傷を負うと魂が冥界へと惹かれてしまい、首を刈られると完全な死者になってしまいます。
○冥王
死神たちを束ね、冥界を管理・支配する女王です。
頭に冠を抱き、白い肌に茨と薄布を纏った非常に美しい女性ですが、彼女もまた死者であり、手足は白骨化していて片目がありません。
でもファン多数。
○樋口 弥生
寝子島高校の音楽教師。皆さんと一緒に乗車しています。
死神の大鎌によって斬りつけられ冥界に惹かれ、正常な思考能力を失いぼんやりとしていて、放っておくと途中下車してしまいそうです。
●備考や注意点など
※上記に明記されていないNPC、及び今回のシナリオには参加していないPCに関するアクションは基本的に採用できかねますので、申し訳ありませんがご了承くださいませ。
以上になります~。
それでは、皆様のご参加をお待ちしております!