今日から転校生｜リアクション

今日から転校生

　三年五組・普通科
　制服に身を包んだ綾辻綾花は寝子島高校に登校した。自身の在籍しているクラスを通り越して三年五組にいた。
　横には早川珪がいて転校生として紹介された。
　五秒の空白。綾花の表情が焦りへと変わる。
　――ここは珪先生が担任をしているクラスですよね？　どうして私が転校生になっているのでしょうか。全員が先輩に当たるのですが。
「珪先生、これは一体……」
「綾辻さん、気を楽にしていいよ。簡単な自己紹介だからね」
　珪は柔らかい笑みを浮かべていた。
　――図書室の時の態度と同じように見えます。先輩方も驚いた様子がないので、これはもしかして神魂の影響によるものなのでしょうか。
　一応の答えを導き出したものの、表情の硬さは残る。
「あ、あの、転校生の綾辻綾花と言います。至らないところがあるとは思いますが、よろしくお願いします」
　温かい拍手が綾花を包み込む。すんなりとクラスメイトとして受け入れられた。
　珪は教卓の前の席に手を翳す。
「綾辻さん、席に着いてくれるかな」
「わかりました、珪先生」
　自然と表情が綻ぶ。
　――こんなに近くで自然に珪先生を見ることができるなんて。とても嬉しいです。
　席に着くと隣にいた女子が快活な様子で話し掛けてきた。
「よろしくね、綾辻さん」
「はい、こちらこそ、よろしくお願いします」
　丁寧な口調で頭を下げる。相手は大きく手を振って笑う。
「あのさー、私達はクラスメイトなんだから、もっと気楽でいいじゃない」
「あの、気を付けるようにします」
「まだまだ硬いよ～」
　指摘されてぎこちない笑みを返した。
　――私には無理です。年上の方と対等に会話をするなんて。
　気恥ずかしそうに俯いて、また顔を上げる。間近に珪の姿があった。
　――このまま、ずっと珪先生が担任なら……でも、みわちゃん先生が嫌いな訳ではなくて、ですね。
　頭を抱えて身体を揺する。
「具合が悪いんなら、無理しないでよ。私が保健室に連れて行くから」
「そうではなくて、ささいな私事なので」
「それなら、いいけどさ」
　隣の女子は白い歯を見せて笑った。
　授業が始まると綾花は本格的に頭を抱えた。未知の数式に喘いだ。横からの声に何度も助けられ、難問に立ち向かう。
　会話を続けることで心の距離が急速に縮まった。気付けば旧知の仲のようになっていた。
「それでね、近道しようとして庭を通ったわけよ。そしたら窓が開いていて、なんだろう、と思って覗いたら、プッ、ふ、ふふ」
「なんですか。教えてくださいよ」
「あの、厳めしいオヤジがセーラー服を着て、お仕置きよ、とか言ってポーズ決めてんの。思わず噴いたら、オヤジが茹蛸みたいになって、ぶっは、ははははっ！」
　当時の破壊力が蘇って言葉にならない。聞いていた綾花も釣られて笑った。
　放課後になっても口は止まらなかった。今日を惜しむかのように話に花を咲かせた。

　新しい一日がやってきた。
　綾花はいつも通りに登校した。南校舎に入って階段を上がる。途中で気付いて引き返し、一年四組の教室に入った。
　中にいた同級生に朝の挨拶をして自分の席に着く。時間となり、担任の先生が陽気に入ってきた。
　――みわちゃん先生ですね。一日だけなのに懐かしい感じがします。
　じっと見ていると、どうしたの？　と先生に声を掛けられた。
「あ、いえ、何でもありません」
　顔の赤さを自覚しているのか。手で扇いだ。
　――珪先生のことを思い出して、少しぼっとしてしまいました。ごめんなさい、みわちゃん先生。
　心の中で謝った綾花は表情を引き締めて授業に臨んだ。