空色アクアリウム｜リアクション

空色アクアリウム

●ハッピー・ハッピー・オーシャンデイズ
　千堂結と鵙海甫は友達同士である。少なくとも結はそう思っている。
　が、鵙海甫とて男の子。
　可愛い女子の水着姿はいつでも見たい。二月の寒空が邪魔さえしなければ一年中見ていたいくらいである。
　そんな彼にチャンス到来。シーサイドタウンの空に海が生まれ、それがなんとほんのりとあたたか～いそうだ。
　このあたたか～い海を知れば彼女はきっと水着に着替え、『鵙海君およご！』と言ってくる筈だ。
　完璧だ。完璧すぎる。神様はどうやら俺の味方らしい。
　甫は早速携帯電話を開くと、結のアドレスを呼び出した。
　通話をかけて、コール三回。
　相手が出たのを確認して、甫はすっと息を吸い込んだ。
「なあ結、泳がないか！？」
　普段は千堂と呼ぶところだが、ここはぐっと近づこう。

「わあっ、すごいね……！　空に海があるなんて、絵本の中みたい……！」
「な、こんなの遊ばなきゃ勿体ないって！」
　きゃっきゃとはしゃぐ結に、うんうんと頷く甫。
「けど、どうしよう。私、水着もってきてないし……」
「売ってるぜ！」
　財布を握りしめ、甫は水着ショップを指さした。
　高校生の行動力は音速を超える。
　泳ぎたいと思ったら既に水着を選んでいるものだ。
「どうしよう、何がいいかな……」
　きょろきょろとする結に尋ねられ、甫は脳をフル回転させた。
　具体的には脳内ファッションショーを開催した。
　無数の結がステージに現われては、様々な水着姿を披露していく。
　観客席にいた無数の甫がポップコーンをまき散らしながら『ありがとう空海！』と叫んでいた。
　なんだこの光景。
　が、ステージからは目が離せない。
　清楚で爽やかな白いワンピース水着に麦わら帽子を被った結。
　水色ビキニに透明なパレオを巻いてくるりと回る結。
　びっくりするほど大胆な水着で現われ、大人っぽくポーズをとる結。
「……って、いけない。張り切りすぎだ」
　自らを現実に引き戻し、甫は手にしていた真っ赤なヒモみてーなビキニをハンガーに戻した。
　振り向くと、結が期待のまなざしで自分を見ている。
　これを裏切ったら男じゃない。
「よし、これだ！」
　無数に行き交う脳内ファッションショーの中から、最もキュートだった水着を選び出し、結にぐっと押しつけた。
「わ、鵙海君ありがとう……！」
　それは夏真っ盛りといった具合の、ひまわり模様のツーピース水着だった。

　男の子の夢はあまたあれど、自分の選んだ水着を可愛い女の子が嬉しそうに着てくれるという状況はきっと上位に食い込むだろう。
「私ね、イルカ好きなんだ。なんか、すごくかわいくて……えへへ」
　可愛いのはそっちだよという顔で頷く甫。
　結は空海の中をふわふわと踊るように泳いでいく。
「ピンクのイルカって、知ってる？　見たら幸せになれるんだって。いつか見てみたいなあ……」
　結の周りをくるくると熱帯魚が巻くように泳ぎだし、結はそっと手を伸ばした。
　手をつつくように戯れる熱帯魚に、くすぐったそうに彼女が笑う。
「えへへー、かわいいなあ」
　可愛いのは以下略。
　甫は結を目に焼き付ける作業をやめ、周りを見回してみた。
　泳ぎの上手な人はちらひら見える。眼鏡を外してコピー能力を発動させた。
「よし、見てろよ」
　軽やかにバタ足をかけながら、結に手を伸ばす。
　リードしてくれるのだと察した結は彼の手を取り、空海をすいすいと進んでいった。
　そばをピンク色のイルカが泳いでいる。
　顔を明るくする結。頷いて、彼女をお姫様風に抱える甫。
　二人は笑いあって、水面へと飛び出した。
「鵙海君……」
　笑顔と興奮と、言葉に出来ない幸せと……。
　結はまごまごと口の中で何かを唱えてから、再び甫へと振り向いた。
「ありがとう……甫、くん」
「……！？」
　甫の脳内で、春の結祭りが始まった。

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