雪解けはすぐそこに……｜リアクション

雪解けはすぐそこに……

　水上桜。
　名前の由来となった春に咲き誇るバラ科の落葉樹は、日本を象徴する花として愛されている。故に様々なものに意匠が用いられ、題材となり、言い回しも存在していた。
　有名なもので志望校に合格することを『サクラサク』と表現する。
　対し、受験に失敗した場合は『サクラチル』とも言われるが……。
（こんな名前で受験に落ちたら洒落になって無いよ！　ていうか、１月２８日生まれの自分になぜ桜なんて名前付けるのよ？）
　１５歳、春。
　桜のサクラは美しく咲き誇るのか、それとも無残に散りゆくのか。運命は開花日よりも予想困難だ。だのに考えても無駄なこと程考えたくなるのが人間の悲しいサガで、桜は今日もひたすらに受験合格か否かを思う浮かべ——挙句行き当たったのが、自分の名前についてだ——、ぐるぐる、ぐるぐると……。
「ああもうっ山手線か私は！」
　桜は机を両手でばんっと叩いて、勢いそのまま立ち上がった。
　こんなに身が入ってい無いのに、筆記用具にしがみついていても意味が無いと自分で答えを導き出し、街へ飛び出した。

　そうして彼女はシーサイドタウンの自宅から旧市街へ。のんびりと散策しつつ、その足で寝子島神社へ向かった。
　絵馬を購入して、書き入れたのは勿論『寝子島高校　合格祈願』の文字である。完成してみると素っ気なく感じて、ついでに少女漫画チックな絵柄で絵も描きたした。
　この頃は絵の描かれた絵馬も珍しくは無いし、子供っぽさを残したちゃっかりした愛想が彼女の良いところだ。
（お参りしたら、なんだか少しは気が晴れたかも。もう効果出ちゃった？）
　神様って凄い。なんて思いつつ、いつものようにアクセサリーの素材を取り扱う店にも行く。店員が勧めてくれる品々はどれも購買意欲唆られたが、ここで購入するが最後。
　趣味のアクセサリー作りに没頭してしまい勉強が疎かになるだろう事もわかるので、桜は精一杯の笑顔で——それがまた大人の店員には可愛らしく映ったのだが——、「受験が終わってからにするね」と答えた。

　休憩に入ったのはミルクホールだった。
　最近知り合った学生たちがここの店員だとは聞いていたが、いざ入店してみると本当に知り合いばかりで落ち着かなさを感じる。
「いらっしゃいませ」と出迎えてくれた眼鏡の高校生はこの間会った人。メニューをとりにきてくれたのはエリセイで、カウンターに立っているのは彼の双子。
　その弟のイリヤが居るのはこの店の甥っ子兄弟らしいから仕方ないとして——。
（日本橋君たちまで居る。しかも勉強してるし……！）
　離れたテーブル席の面々に気づいた桜は、この窮地に自分だけサボっているような罪悪感を感じて頭を抱えた。
（どうしよう、挨拶する？　「こんにちは日本橋君イリヤ君、高校の先輩たちと勉強会？　いいわね。私？　私は今日も元気に絶賛迷走中よ！」　なーんて……）
　これは却下だ。
「あー、もう……なんだって別なことしたがるのよ、私ってば……」
「勉強以外のことが必要だったからじゃないかな？」
　テーブルにコトリと置かれたティーカップに顔を上げると、エリセイが顔を覗き込んできた。
「例えば風邪の時って、消化に良い食べ物が良いって言うけど、好きなものを食べた方が患者がストレスを溜め無くて良いって言うお医者様も居るよね。
　それに『食べたい』って思いつくものは、その人の身体がその時欲してる栄養素だとも聞くし——」
　桜はハッとして、表情を和らげた。
「つい最近、根を詰めるよりも、適度に息抜きしたほうが気が楽って知ったのよ」
「分かってるじゃん」エリセイは笑った。「はい、ケーキセットです。これ食べて、紅茶飲んでゆっくりしてって」
　彼がすっとテーブルを離れて行くと、桜は紅茶で乾ききっていた唇を潤して、ふうっと息を吐いてみた。
（うん、挨拶しよう）
　人と話して笑顔になって——、勉強も大事だがそれも大事なことなのだ。泣いても笑っても、サクラの季節はやってくるのだから。