鬼のいる日常｜リアクション

鬼のいる日常

【キャッチ＆リリース】

　亜魚隈猯利は、池で釣りを続けていた。
（……やはりこう寒いとなかなか大漁とはいかんな）
　猯利は興中で呟きつつ、大きく振りかぶって池の遠くまで釣り竿を振るった。
　趣を重視して、竿は和竿。
　シンプルだがそれゆえによくしなる和竿によって投じられた釣り針は水深のある池のなかほどの水面に着水。
　二月という時期から鮒は水深の深い水底の障害物の陰に群れをなしていると判断し、そういったポイントを念入りに探った。
　そんな猯利の竿にはそこそこのアタリが来た。
　一方、
「……」
　緑鬼の方には、先程から全くと言っていいほどアタリが来ていなかった。
（……調子が良くないのか？）
　猯利は、釣りの邪魔をしないよう、緑鬼とは最低限の言葉しか交わしてこなかった。
　だが、釣り仲間としてその動向には気を配っていた。
　そして、
「……ちょっといいか？」
　気がつけば、猯利は緑鬼にそう声をかけていた。
「……ん？」
　緑鬼が顔をあげて猯利を見る。
「……こうしてみたらどうだ？」
　猯利は、これまでの経験を元に、緑鬼に色々と意見を申し上げてみた。
　すると、緑鬼がそのアドバイスを取り入れてからというもの、彼の竿には次々とアタリが来るようになった。
「……ほう、大したものだ」
　無表情だった緑鬼が、少しだけ口元を歪めて笑う。
「……いや、俺は少しアドバイスをしただけだ」
　と、猯利が言ったそのときだった。
「……ん？　おおっ……！？」
　不意に緑鬼の竿に大物の気配がきた。
「……こ、こいつは！？」
　猯利は投げかけていた竿をすぐさま地面に置いて、緑鬼と一緒に竿を握った。
　二人分の力を合わせて、一気に獲物を手元まで手繰り寄せる。
　そして、
「……つ、釣れた！　こいつは……」
「……デカいな。だが、なんだこの魚は……鯰、か？」
　釣り上げた魚は扁平な頭部と長いヒゲが特徴的な、鯰っぽい生き物だった。
「……こんな魚、今まで見たことがない……。君、そこの鞄からスマホをとって写真を撮ってくれないか？」
「……わかった」
　猯利は頷いて、記念写真を撮ってやった。
「……ありがとう。これで安心して、池に返してやれる」
　緑鬼は笑顔でそう言って、その鯰っぽい生き物を池に返してやった。
「……よかったのか？」
「……ああ。俺は釣ることが目的であって、魚を入手することが目的じゃない」
　口元に笑みを浮かべ、緑鬼は道具を片づけ始めた。
「……行くのか？」
「ああ。ほかにも、行きたい場所がある。一緒に来るか？」
「……いや、俺はここで寒鮒釣りを続けるよ」
「そうか」
　他に言葉はなかった。そんなもの必要なかった。
　一人になった猯利は、また黙々と竿を投げ始めた。
　やはり釣りは一人でゆったりと楽しむに限る。だが、

（……たまには誰かとする釣りも悪くない）

　そんなことを思う、本日の猯利なのだった。