炎と再生のサンクチュアリ｜リアクション

炎と再生のサンクチュアリ

● バードサンクチュアリ／黒き彼女の物語・４

　すべてのものが揃っていた。
　アイスクラウンの夜露が三滴。
　燃える夜光貝を砕いた粉が駝鳥卵の殻一杯分。
　ホルスの左眼球。
　それらをすべて、魂の壺に入れ、鳥の頭の蓋をする。
　太陽石は、もう天頂ほど近い。間に合うか。間に合ってほしい。
　そんな祈りに後押しされるように、フェニックスの長はためらわず魂の壺を真っ黒に燃え盛る炎に投げ込む。

『再生の火よ、赤く燃えよ！　我らが友アカースを復活させ給え！』

　壺が炎に飲み込まれる。
　その途端、真っ黒な炎が、大きく燃え上がった。
　天に届くかと思えるほど高く柱を形作った炎は、根元から澄んだ赤に戻ってゆく。
　炎は翼広げるかのように横にも広がり、渦を巻き、そして――。
　空を割くような甲高い啼き声をあげ、一羽のフェニックスが炎の中から誕生した！

「おおっ！！」
　鳥たちの歓声。修も感嘆の声を上げる。
「美しい……良かったな……」
「うん……儀式が失敗したら、クローネが実質的に父を殺すことになるかと思うと気が気じゃなかった……そんなのは悲しいし、イヤだったから……」
　夏朝はじんわり涙ぐんでいる。
　フェニックスは力強く翼を羽ばたかせ、二度、三度と空を旋回すると、長の前へ優雅に舞い降りた。
『このアカース、ここに新たなる生を受けましたことをご報告致します。長におかれましては、我が復活の儀、滞りなくお運びいただき……』
『アカースよ。儀式は危うかったのだ。クローネだよ……』
『クローネ？　苺ちゃんがなにか……』
「「苺ちゃん！？」」
　陽太と春彦が声をそろえて聞き返した。
『いやぁ、じつはぼく、苺が好物でね。あの子は兄弟の中で唯一の女の子で、生まれたとき苺と同じくらい可愛かったから、ぼくはずっと「苺ちゃん」って呼んでるんだよ』
　アカースは若返った頬を照れ臭そうに翼で掻く。
　いかにも親ばかという風情だ。
　しかしその後、長からクローネがしでかしたことの顛末を聞くと、アカースはすっかり委縮してしまった。
　長は言った。
『ここにいる者たちの協力なくば、危うく君を復活させられぬところであった。皆の者、フェニックス族を代表して協力感謝する。アカース、君からもよくよく礼を言ってほしい』
『そうだったのか。みなさんありがとう。それにしても……どこで道を間違えてしまったんだろう。あの子はフェニックスの巣に生まれたカラスだったけど、ぼくは他の子と分け隔てなく愛したつもりだ。いや、あの子が特別だったからこそ……特別気にかけてもいた。それなのに、いつの間にかぼくや天界の者たちを目の敵にするようになって、こんなことまで……』
　父アカースは、わけがわからないと首を振る。
「あのぅ、お父さんは、クローネのことをどう思ってるんですか？」
　陽太は尋ねる。

　――あなたは親を愛してる？

　先ほどのクローネの言葉が気にかかる。
　クローネは愛していないのだろうか？　それとも……。

　――愛って、過ぎると、憎しみに変わることがあるっていうのは？

　……父を愛しすぎて、その想いが憎しみに変わってしまったのだろうか。
　アカースは？　どうなのだろう。子を愛しているのだろうか。
　彼がひどい父親ならクローネに同情するかもしれない。そう思いつつ彼の言葉を待つ。
　アカースは言った。

『親というのはどうしようもないものでね……ぼくを殺そうとしたんだとしても、君たちに迷惑をかける子であっても、……それでもあの子はぼくの可愛い苺ちゃんのままなんだ』

　神鳥フェニックス。赤き炎を映すアカースの瞳に、一片の曇りもないのを、そのとき陽太は見た。
　それでますますわからなくなった。クローネは、何故、父の復活を邪魔したのか。

　さあ皆の者、と長が甲高くひと啼きする。
『復活は成った！　あらためて宴だ！　飲んで歌って、大いに楽しんでくれたまえ！』