● バードサンクチュアリ／大円団


　バードサンクチュアリに平和が戻ってきた。
　フェニックスの長の元には仲間の鳥たちや、手助けしてくれた天使悪魔たちがいる。
　鴻上 彰尋が祝いの主役たるアカースに尋ねた。
「フェニックスは死と再生を繰り返すのみで仲間は増えないのですか？」
『いや、死と再生にも限度がある。我々も普通の鳥のように、卵を産み、雛を育てることもあるんだ』
　その卵から、なぜかカラスのクローネが生まれたのだとアカースは言う。
『フェニックスの子育ては、雌が行うとは限らないんだ。クローネはぼくがこの手で育てたんだよ』

　宴の中心では、いぬみんとあかりんが、愉快に踊り、歌っていた。
　彼女たちはムードメーカーだ。
　ふたりが楽しそうにしているだけで、あたりが花の咲いたようにぱっと明るくなってゆく。
　ふわふわ～っと飛んできた少女なエスカルゴ・臼居は、彼女たちを見て衝撃を受けた。
「こ、これはアイドルとかなんかそんな感じがするよ！」
「みみみん！　アイドルというよりプリンセスなのよ！　さあ、あなたも一緒に！　お客さんが喜んでくれるパフォーマンスをすることが、いぬみん星のプリンセスとしての義務なんですから！」
「え、あ、うん」
　エスカルゴはいぬみんにギュッと手を掴まれて、アイドル集団に仲間入り。
　と、いぬみんは踊りながらどこか遠くに行ってしまいそうになるではないか。
「ちょ、ま、こっちおいでー」
　エスカルゴは得も言われぬ使命感に駆られて手を引いた。
　それを見て、あかりがくすくす笑う。
「あかりはいぬみんと一緒にいると、とっても楽しいって思えるのなのですなの。きっといぬみんは、あかりとは違う方向のてんしなのなのね」
「いぬみん星なのよ！」
　二人のやり取りを見てエスカルゴは思った。
（てんし……いぬみん星……なんか天然すぎて訳がわからなくなってきたけど……いいか！）
　そうこうしていると、真っ白羽毛のガチョウたちもガァガァ言いながらラインダンスの仲間入りをした。エスカルゴはガチョウたち――正確に言うとその羽毛のふわふわ加減に――首ったけになった。
「ガチョウってたしか高級な奴はフォアグラにされちゃうんだっけ……でもここならそんなことにもならなくて、ゆっくり生きられるね。良かった……」
　本人――というか本鳥を前にフォアグラとはちょっと物騒だが、エスカルゴという名前にも、あとで誰かに美味しく食べられてしまうという意味が密かに込められている。それで、すこし親近感を覚えての言葉だった。

　一方、鳥の自警団は解散になった。
　お役御免になってほっとした顏の綾辻 綾花が通りかかる。
「あぁ、もふもふしたい！　フェニックスさんにもふもふできなかったからせめて他の鳥で……」
「おーい、綾辻氏！　お疲れ様ー」
　エスカルゴが手を振って綾花を呼び止めた。
「このガチョウたち、とっても気持ちいいよー。もふらせてくれるって！」
「わ……嬉しい！　ほんと、もふもふです」
「あと小っちゃい鳥とかでふわふわっとした鳥達も結構いるよねー。はー気持ちよくて……寝ちゃいそうー……って、は、いかんいかん」
「ふふ、そうですね。お休みになるなら泉のほとりが気持ちよさそうですよ」
「そうだねー。ガチョウさん、いっしょに行こう、そしていっしょに寝ようか！」

　ちょっと待って、と桜 月が呼び止める。
「羽根を少々いただいてもいいかな。寝子島に戻ってから作るドレスや水着の材料にしたいんだ」
　その手にはすでに色とりどりの羽根が握られている。その中にはフェニックスの羽根もあった。赤とオレンジの輝くばかりの尾羽根は、炎のふちどりこそ消えているものの、それはそれは美しいものだった。
　月はガチョウの白い羽根も手に入れた。
　手に入れた羽根や楽しそうな鳥たちを見ていると、頭の中がくるくる回転してくるのを感じる。
「こうしていると、アイデアが次々湧いてくるな……忘れないようにノートに描きとめておこう」
　それから思う。出来上がった物は彼女に着てもらおう、と。

◇

　そのころ、獅子目 悠月と来島 アカリは、互いの美少女ぶりは見ないことにして、鳥たちのために木の実や果実を集めていた。
「Santa Lucia～♪」
　作業のお供に、悠月はすっかり覚えたイタリア語のカンツォーネを謳う。
　すると鳥たちが集まってきて悠月の肩や近くの小枝に止まって一緒に囀りだした。
「お嬢さん、木の実を集めるなら俺たちに任せてくれ」
　などと、悠月には手の届かない場所の収穫を手伝ってくれる鳥も現れてみるみる籠がいっぱいになる。
「おーい、来島。果物入れるもの、もっとないか？」
「なら、このカゴ使えよ」
　アカリは鳥たちに籠を預けた。本人は下の方でもじもじしているので、悠月はなんだ？　と訝しむ。
「なにやってんだ？　手伝えよ」
「俺はちょっと……空飛んだら、ほら、スカートが……」
「んなこと気にしてんのか？　ほら！」
　悠月がアカリの手をぐいと引っ張り、上空まで飛び上がった。
　風がふわりとワンピースの裾を持ち上げた。アカリは真っ赤になって悠月の手を振り払う。
「わ、や……っ！　スカートめくれる……し！　いいから獅子目は木の実取ってて。俺……じゃなくて、私は水浴びでもしてるから」

（あー……なんか可愛い天使たちがきゃっきゃうふふしてる）
　泉のほとりでガチョウたちの羽毛に埋もれながら、ぼんやりと空を眺めていたエスカルゴは、ふたりのスカートの中身をばっちり目撃していた。だが、だからどうしたということもない。エスカルゴは今しも眠りに落ちようとしていたのである。
　瞼が下りてくる。
　呼吸が深くなる。
（良い天気で気持ちのいい風だし……）
　ガチョウたちの呼吸もやさしい。
　ゆっくりと上下する羽毛に埋もれ、エスカルゴは極楽にいるような気持ちのまま夢の中に落ちてゆく。

◇

　小鳥たちとともに、木の実や果実を籠一杯収穫した悠月は、あたりを見回した。
「来島は……っと？」
　アカリは泉に浸り、下半身のみを隠して水浴びをしている。
　木の枝に掛けてある白のワンピースは風に揺れ、まるで天女の羽衣のようだ。
　アカリは長い髪を両手で持ち上げるようにかき上げた。
　水しぶきがキラキラと散った。
　白い背中がまぶしい。
（……っと。これ、ちょっとやばいやつじゃ……）
　自分でもわけがわからぬまま頬を押さえて視線を逸らした。
　あんまり見ていたら申し訳ない。そんな気持ちさえ芽生えてくる。
　羽ばたきの音を立てないよう、悠月はそっと飛び立つ。

　ひと汗流したアカリは、岸に上がると体を拭いて、ワンピースを身に着けた。
「ふう……さっぱりしたらなんだか少し眠くなってきちゃった。あら、あれは……」
　視線の先にはダチョウたちに埋もれて眠る美女。
　――夢だと思ってゆっくりしていってね！
　そう声を掛けてくれた人だ。
　さっきは咄嗟のことで気づかなかったが……。
（エスカルゴ先輩、だよな……）
　アカリはそっと歩み寄り、眠るエスカルゴを、キスするくらい近くで観察した。
（寝てる……しかも……超気持ちよさそう……）
　思わず欠伸がこみ上げる。
「一緒に寝ちゃってもいい、かな？」
　小さく尋ねてみるがエスカルゴからは返事はない。
　それを幸いと、アカリはエスカルゴの隣、ダチョウたちの羽毛の中に潜り込む。

　アカリもすっかり寝息になったころ、そろそろいいかと悠月が戻ってきた。
「なんだ。あんなところで寝てる奴がいる……って片っぽは来島か。しょうがない奴だ」
　悠月はテーブルクロスを一枚拝借してきて、エスカルゴとアカリにそっとかける。
「ふわーあ、俺も眠たくなってきた……」


　悠月は二人に寄り添うようにして寝転ぶと、心の赴くままに瞳を閉じた。
　世界がミルクみたいな微睡みの中に落ちてゆく。
　鳥の楽園、バードサンクチュアリの物語は、これでおしまい。
　次に気づいた時には、天使も悪魔も元の世界に、元の日常に戻っていることだろう。
　幽かな記憶の残滓を胸に、また日々を生きていく。
　フェニックスも、鳥たちも、寝子島の友たちも――。