ヒーローズ！～魔女は偽りの慈悲を歌う～｜リアクション

ヒーローズ！～魔女は偽りの慈悲を歌う～

　政府の秘密計画が生み出した生きた殺戮兵器、それが篠原翠響だ。
　その冷徹な戦いぶりから『バトルドール』の異名で呼ばれる翠響であるが、

（政府が正義でなくなるなら、あたしは……）
　と、その胸中はぼろぼろに傷付き、酷く乱れている。
　屋敷野梢の言葉を聞く前より、翠響の心はいつ決壊してもおかしくない状態にあった。
　本来なら翠響は、政府の計画の犠牲者と言っても過言ではない。
　にもかかわらず、翠響は政府に憎しみを向けず、政府側の一員として与えられた力を振るってきた。
　それは、翠響の亡き父が、秘密計画の中心人物であったことに由来する。
（この力を、遺された技術を。あたしはせめて、世のために役立てたかった……）
　『何者か』の手により非業の死を遂げた父への想い。
　それが、翠響を憎悪の塊にはさせなかったのだ。なのに。
（モレイビーが悪だって言うなら、あたしは今まで、何のために戦ってきたの？）
　始まってしまった『モレイビー狩り』は、彼女の存在意義をあっという間に飲み込んだ。
　翠響は今、ぎりぎりの淵の部分に立っている。
　ほんの少しのきっかけで、バトルドールの心は呆気なく崩れ壊れてしまうだろう。
　色のない表情の向こうに葛藤を滲ませる翠響の様子をじぃと眺めて、梢は細く息を吐く。
（さてさて、こっちはどう転びますかねぇ……）
　観察は欠かさないが、まだ裏の顔を覗かせる時ではない。
　梢は、まだまだ安全とは言えないこの場を突破する為の案を口にしようと指を立てた。
「取り敢えず、洗脳されちゃったかわいそーな人たちをどーにかしないとですよね？」
　この言葉に、椿美咲紀が真剣な面持ちで頷く。
「屋敷野さんの言う通りだと思うのですよ。このままじゃ、キリがないのです」
　美咲紀の眼差しが、蔓に縛られた民間人達へと向けられた。
　彼らから見れば、下手をすれば命をも奪われかねない状況だろう。
　それなのに、『魔女』に魅入られた者達の瞳に映る狂気の色と言ったら。
　美咲紀は、きゅうと口元を引き結び――苦く、音を紡いだ。
「『モレイビー狩り』も『魔女』の力も想像以上の脅威なのです……何とか、しなくっちゃ」
「だけど、どうやって？」
　北原みゆきが、顎に手を宛がって問いを零す。
　考え込む２人へと、梢はあっけらかんとして言った。
「モレイビーへのヘイトを利用する、っていうのはどうでしょーか」
「この状況を、利用するのです？」
　美咲紀が、目をくるりと丸くする。問いに、にこりとする梢。
「どこかで陽動で大騒ぎを起こしちゃうんです。それで、相手の兵力を奪ってから本陣を叩く、と！」
　誰が囮役を担うかって問題はありますけどねー、との梢の言葉に、
「……私が行くわ」
　みゆきは固さを帯びた、けれど微塵も揺るぎのない声でそう応じた。
「北原さん！？」
　美咲紀が慌てたような声を出すが、みゆきの緑の瞳はどこまでも澄んでいる。
　そして、次いで零された声もまた同じく。
「力を貸してくれる協力者を探したいの。皮肉だけれど、陽動にもうってつけでしょう？」
　それに、とみゆきは僅かだけ言い淀んで、眼差しを伏せた。
「……探したい相手も、いるから」
　今度の声には、静かな怒りと憎悪の色が滲んでいる。
　『モレイビー狩り』の発端となった、ある報道。
　その報道の中で民衆を焚きつけた活動家――大天使天吏が、みゆきの探す人物だ。
（必ず、彼女の正体を暴いてみせる……！）
　決意に拳を握り締めるみゆきを案じて、美咲紀が眉を下げる。
「本当に、行くのです？　すごく、すごーく危険なのですよ！」
「わかってる。でも、大丈夫よ」
　迫害には慣れてるもの、と、切ないようなことを言ってみゆきは仄か微笑した。

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