猫、逃げる｜リアクション

猫、逃げる

　三宅葉月がそこにいたのは、偶さかの偶然だった。

　桜台墓地を気ままにスケッチする中で、開け放たれて中で賑々しい声がしている供艪寝子寺を見つけたのが、率直な要因である。
　門を潜ろうとした瞬間、「さぁ猫ちゃんを探すのだ！　名前はよくわかんないからアケボシちゃんでいいのだ！」と明朗に後から追いかける少年へ語り掛けつつ走り去った少女の背中を見送り――ちらっと視線はまじわったものの、そのまま軽い会釈をして自転車をこぎ去った少年を見送り、そしてようやく寺の中へと足を踏み入れる。

　そこにいたのは疲れたようにため息をついている住職の姿。
「大丈夫ですか？」
　気まぐれに問いかけると、しばらくこちらを眺めてきた住職が、少し微笑んで肯いた。

「あぁ、ええ、すみません――あなたも、先ほどの方たちとご一緒で？」
　なんとはなしの違和感を覚えながらも、葉月は首をふる。
　そんな葉月の後ろから、今一人、日暮ねむるが姿を見せた。

「あのぉ、猫の像が逃げ出したお寺って、こちらでいいんですか？」
　像が逃げ出す……？
　不可思議な話に葉月が首をかしげる中、日暮は住職に詳しい話が聞きたい旨の依頼をしていた。やりとりを聞いていると、どうも今ねこったーで噂話としてささやかれていた、幸福の招き猫のことを言っているらしい。

「私も、できれば詳しいところが知りたいのだけれど」
　ぼそ、とつぶやいた葉月に、住職は、いいとも、是非聞いてほしいな、とうなずいてくる。
　ちょうどこれこれこういう状態でね、と経緯をかいつまんで説明してくれた住職。

「どうだろう、できればあなた達にも探してもらえると嬉しいのだが――」
「そうね――伝承が事実なら、黒猫は何度か逃げ出しているのよね。そのたびに見つかっているんでしょうけど……島の外にでていかないのは、何故なのかしら？」
　実際に願いを叶えてくれるかどうかはともかく、黒い招き猫が黒猫と化して逃げ出したのならば、黒猫がどこを逃げたのかを特定しなければならない。闇雲に黒猫を探したり、関係のない黒猫を捕まえて無駄足を踏むのもつまらない。

「僕も追加で聞きたいな。黒猫の像の素材として使われた杉の木というのは九夜山の千年杉であってますかね。それと桜台墓地周辺にある他のお寺に、何か黒猫と繋がりのある品などはありますか？　僕にはどうもただ逃げただけには思えないんですよね」

　ふむ、と住職はしばしの間考え込む。
「まず一つ目の問いかけだが、残念ながら私も過去に何度か逃げたことがある、と先代から聞いたことがあるくらいで――今日までもちろん与太話だと思っていたんだ。二つ目については、九夜山の、あの杉の木かどうかはわからないし、この周辺のお寺では、特段何か似たような謂れのある品があるということは、聞いたことがないね」
　いやほんと、役に立たなくて申し訳ない。そういう住職の言葉に、日暮と葉月はしばし考え込んだ。